《写真漢詩》四長、三四郎池でネーミングを考える。
東京大学本郷キャンパス内の「三四郎池」である。もともとは此処に加賀藩前田家の庭園(育徳園)があり、池は心字池と呼ばれていた。この池が「三四郎池」と呼ばれる様になったのは、夏目漱石の名作「三四郎」が、ここを舞台としたからと言われている。小説の冒頭、主人公の小川三四郎は憧れの人となる里見美禰子を、偶然この池の畔で目にする。 夏目漱石の作品は、主なものは学生時代に殆ど読んだ。一番好きなのが「坊っちゃん」であり、次が「こゝろ」と「行人」か。「三四郎」は小説自体は私の漱石ランキングの中でそんなに上位にはこない。でもタイトルの「三四郎」はその響きがキャッチーで大好きだ。 この「三四郎」という名前、大好きなのは私だけでは無い。昭和の柔道小説の金字塔「姿三四郎」のタイトルも、著者の富田常雄が漱石の「三四郎」を読んで、主人公のファーストネームを気に入り借用したに違いないと私は確信している。 「姿三四郎」が柔道界に及ぼした影響は絶大だ。小説「姿三四郎」の連載が始まって以降、小柄な選手が、大柄な対戦相手を投げ飛ばせば、大概、その選手は「⚪︎⚪︎三四郎」と呼ばれた。オリンピックのメダリスト、古賀稔彦選手や野村忠宏選手は「平成の三四郎」、山口香選手は「女三四郎」と言われたものだ。みんな「三四郎」の名前が大好きなのだろう。(一方で重量級の選手は「三四郎」と呼ばれない。金メダリスト・山下泰裕選手も呼ばれなかった。少し不公平だ。「重量級の三四郎」とか、本人も呼んで欲しかったんじゃないかな?と思う。) ところで、この「三四郎」というキャチーで素敵な名前の人間!私は生まれてこのかた、この「小川三四郎」と「姿三四郎」以外出会ったことが無い。一人も知らない。最近は漱石の「三四郎」も富田常雄の「姿三四郎」も読んだことが無い人が増えているから、子供の名前に付けないのも分かる。でも私の同年代、その上の年代でも本名が「三四郎」という人を知らない。 不思議に思って「三四郎という名前」でググってみたら、理由の一つが判明した。昔、「三四郎」とは、父親が三男で、自身が四男であることを示す名前であったとのことだ。二代続けて子沢山であることが必須条件だ。少子化の現代は勿論、戦後世代には、ほぼ不可能に近いネーミングだったんだ。