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《写真漢詩》四長、幼い頃の台風の夜を思い出す。

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    漢詩に詠んだ様に、子供の頃、台風が好きだったと友人たちに話したら、皆んな、実は自分もそうだったと告白した。  面白いのは、皆んな台風が日本列島に近づいてくると、頭の中に、あの名曲ゴジラのテーマが流れてドキドキしたというところまで共通している。  やはり、子供は非日常が好きで、少なからず興奮するということか、、、(学校が休校になるってのも大きな理由だろう。)  そんな、子供たちも大人になれば、台風が嫌いになる。  台風が来ても会社へは行かなければならないし、休みになっても、その分収入減になったりする。  結構前から決めて楽しみにしていた旅行もキャンセルしなければならないことだってある。  何よりも台風の被害に遭われた人たちの気持ちを考えれば、台風が好きとは言えないし、実際に好きにならないだろう。   では、本当に台風が無くなって良いのだろうか?こちらは結構難しい問題だ。  国土交通省のHPを見れば、それが分かる。渇水対策のページだ。島国で国土の狭い日本、外国の河川と比べても勾配が急で、長さも短く、降った雨が短時間に海に流れて行ってしまう。  そのため、国民を水不足から守るためには大量な水が必要になるのだ。そしてその大量の水の確保には、①降雪による雪解け水が一定量あること②カラ梅雨にならないこと③数個の台風が上陸することが前提になっているのだ。  この3つ前提!年々酷くなる地球温暖化で、①も②も前提に置いておくには、徐々に厳しい状況になるだろう。  でも③の台風については、少し違う、こちら温暖化の進行とともに、大型の台風(スーパー台風)が増えていく状況にあるのだ。  大型の台風が上陸すれば、この国に甚大な被害を齎す。一方で台風が上陸しなければ、この国は深刻な水不足に陥る。本当に悩ましい問題だ。  悩ましい問題ではあるが、答えはもう出ているような気する。(治水に素人の私が恐縮だが)大前提として賢く治水(賢く国土強靭化?)して、後は台風に来てもらうしか無いだろう。  上の漢詩の様に、今度は大人が、いや国が、台風が好きになり、ドキドキして上陸を待つ。少しシュールな感じもするが、それが近未来像かも知れない。   このブログを書いている間にも、カナリア諸島の大規模山火事の報道があった。先日のハワイ・マウイ島に続いて大変怖い話だ。日本も他人事ではない。山火事対策とし...

《写真漢詩》四長、「カルガモを軽く見るな!」と怒る。

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   昨年の今頃、仙台堀の入り口、中川船番所辺りで撮影した。当時、江東区にも雷雨注意報が出ていた。カルガモの親子も、それを察知したのか、緊急避難を試みているようだ。仙台堀の何処から何処へ避難するつもりなのか?よく分からないが非常に急いでいる。雷鳴が聞こえる度に、先頭の母カルガモが方向を変えるので、後続の子カルガモたちは付いて行くのに大変だ。私は鳥類が苦手で、あまりじっくりと見ていることは出来ないが、流石にカルガモ親子は可愛いと思うし、心配になる。安全なところへ早く避難して欲しいと願ったことを覚えている。   そのカルガモだが、最近、本来の鳥類・カルガモとは全く違うところで、名前を使われている。「カルガモ走行」である。私が最初に「カルガモ走行」の話を聞いたときは、こんな説明だった「カルガモ走行」とは、「トラックの隊列走行、大型トラックが電子的に連結し、一つの移動体となって走行する。先頭の車両以外は完全な無人運転、海外では『プラトゥーニング』と呼ばれ、実証実験の段階まで来ている」と。  そうか、ドライバー不足による物流の停滞を発生させないための最新技術なんだと私も納得した。カルガモのように可愛くはないが、社会のために必要な技術なら、そのネーミングもアリだなと。  ところが!そう、ところがである。最近のマスコミ報道の「カルガモ走行」は、先程の説明とも、全然意味が違って来ている。ネットでも、現在「カルガモ走行」で検索すると、全く別の内容の方が沢山出てくる。その新しく使われている「カルガモ走行」と言うのは、「大型トラック(子カルガモ)が、高速道路の出口付近で待機、適当な別のトラック(母カルガモ)を見つけ、車間距離を取らず、ピッタリくっつき走行し、ETCレーンを突破し、料金を踏み倒す。」というものだ。   完全な違法行為、犯罪であるだけでなく、極めて危険な行為だ。ヘタをすれば、子カルガモが親カルガモに衝突し、死傷させるという悲惨な事故を招くものだ。決して許されるものではない。私にはこの危険極まりない行為を安易に「カルガモ走行」と呼ぶマスコミのセンスが分からない。恐らく最初は、ある記者が誤用したのを、他のマスコミも追随して使い続けているのだろう。  私は即刻、この使用はやめて欲しいと思う。非常に危険な行為が、カルガモの名を冠することにより、かなり危険度が薄まる。やってみよ...

《写真漢詩》四長、「京都議定書」採択の現場で温暖化を憂う。

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   この ブログの100回記念(※リンク) に地球環境を憂うる漢詩を掲載したが、相変わらず私は地球環境を憂いている。テレビで、温暖化の影響により激甚化した自然災害の報道を見ない日は無い。私はその都度、落ち込む。その中でも、特に山火事の報道を見た日、私は酷く落ち込む。勿論、洪水や旱魃の報道も心痛むが、山火事はCO2を吸収する森林を大量に失うのが辛い。温暖化が更に加速する恐怖感さえ覚える。(コアラの火傷も可哀想で見ていられない。)  そして私は少し不満だ。そんな大変な状況なのに、マスコミ報道や学校教育でも環境問題の扱いが、行き当たりばったりの感じがすることに。  環境問題について、①これまで世界や日本でどう取り組んで来たのか?②現在の取り組みの進捗状況(目標のどの辺りなのか)は?③これからどう取り組んで行かなければならないのか?  この①②③を「全体を俯瞰して」、「時系列に」、「同じ指標で」、「統一感を持って」、「定期的に」報道し、教育して欲しいと切に願う。 COP3、「京都議定書」が採択された国立京都国際会館、日本人建築家大谷幸夫の代表作   「 素人は簡単に言う」とのご批判は尤もだ。しかし私は出来ると思う。「温暖化防止の取り組みの成果を上げることは至難の業だが、 進捗状況を分かりやすく説明し、共有することは出来る 」と思う。  では、どうすれば出来るのか?私は、毎年11〜12月に開催される『COP(Conference of Parties)、国連気候変動枠組条約における締結国会議』の議事・議決内容を、キチンと毎年上書きし、分かりやすい解説を報道し教育すれば、かなりの部分は改善できると思う。  『COP』!その締結国は既に200カ国を超え、毎年その場で、地球環境問題のこれまでの進捗が確認され、今後の取り組み方針が確認されている。様々な利害対立はあるにしろ、この問題が地球規模で論議される唯一無二の会議体だ。  確かに毎年、『COP』の時期になれば、TVや新聞で一応放送されてはいる。でも報道はなんかお座なりで細切れだ。一方で報道を見る視聴者の側も、 理解する知識の土壌が形成されていない ので、上で述べた①②③を正しく理解出来る人は、残念ながら殆どいない。関係者の工夫を期待したい。  その『COP』、今年は11月に『COP28』が中東ドバイで開催される。『COP...

《写真漢詩》四長、バックビルディングに怯える。

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   小さい頃は、科学少年だった。科学者になろうと思っていた。小学校3、4年くらい迄だ。中学校に入って算数が数学に変わる頃には、自分が文化系であることは否応なく理解した。小さい頃、何故科学者になろうと思っていたかと言えば、それはもう手塚治虫の漫画の影響だ。「鉄腕アトム」は毎週欠かさず視聴し、チョコレートのオマケのアトムシールもしっかり収集していた。そんな科学少年だった私の未来予測で、大きく外れた予測が二つある。   一つは、良い方に大きく外れた。IT技術の進化だ。手塚治虫の漫画の中でも、スマホやAIの様なものが出て来たが、少年ながら現実主義者の私は、少なくとも自分が生きている間には、そんなものは実現しないと思っていた。それが見事実現した。インターネットなんて想像だにしていなかった。素晴らしいことだ。  二つ目は、悪い方に外れた。少年は「少なくとも、日本に於いては、将来水害は発生しなくなる」と予測していた。新しい堤防やダムや、水利工事が盛んに行われていたし、天気予報などの精度もどんどん上がっていた。子供心に地震は難しいだろうが、水害は科学の力が克服すると予測していた。  狭い日本、隅から隅まで、高い堤防に覆えば、台風や集中豪雨が襲来しても押し返すことが出来る。被害は発生しない。そんな国になると信じていた。それがどうだ。相変わらず被害は発生し続けている。それどころか、水との戦いは少しこちらの分が悪くなっている気さえする。(水災を担保する保険料が高騰しているのが証左だ。)   その原因は明白だ。私の小さな頃より、気象が狂暴化している。(地球温暖化の影響だろう。)最近では「線状降水帯」とか「バックビルディング」とか、小さい頃、名前も聞いたことの無い怪物まで現れている。  「バックビルディング」とは、「線状降水帯」発生下、積乱雲が高層ビルの様に成長、上空の風に押し流されて、連なり進行し、長時間豪雨を降らす状態」を言うのだそうだ。何か、屋上から何十万トンもの雨水を溢れ流すビルが、連なって押し寄せてくる様で怖い。モクモクと膨らむ積乱雲はゴジラにも見える。もし、口から大量の水を吐くゴジラが何頭も次から次へと襲ってきたら、、、想像するだけで恐怖感を覚える。  今年から、線状降水帯の予測の精度が向上、少し前倒しで警戒警報が出されることになるそうだ。予測の精度が上がること、警報が...

《写真漢詩》四長、漢詩でウクライナの平和を祈る。

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   ウクライナ開戦から、今日で1年2ヶ月経過したが、ロシアの侵攻は終わる気配は全くない。テレビの特集番組を見ていても、遣る瀬無い思いが募るばかりだ。私は、春夏秋冬の草花や、吟行と称する旅行を、短歌や漢詩で詠んできたが、時に時事問題についても漢詩で詠むことにしてきた。ウクライナ問題については、当初は周りの関心も高く、沢山詠んできたが、最近はとんとご無沙汰している。慣れてきたのか?関心が薄れてきたのか?そんなことは決して無いつもりだが、自分の中で少し反省している。本日は過去の作品から、3作アップして振り返り、「ウクライナに1日でも早い平和を」との思いを新たにしたい。   ロシア侵攻の直前に詠んだ五言絶句だ。外電が伝えるロシア軍のウクライナ国境に集結のニュースを聴いて詠んだ。でもその時も「さすがに、プーチンもそこまでやらないだろう。」と高を括っていた。外交による努力、解決を期待する思いが、仙台堀壁面アートを撮った写真や「地球」と言うタイトルに現れている。今となっては虚しい限りだが、、、、   侵攻後2ヶ月経過した時期に詠んだ五言律詩だ。ウクライナ軍の善戦とロシア軍のウクライナ軍を甘く見た計算違いで、戦線は膠着していた。トルコの仲介等、和平に向けての外交努力も重ねられたが、進展は見られず焦る思いがしていた。(私が焦ったって仕方ないが)この頃に見た映画「西部戦線異常無し」の影響もあり、長期戦を想像し虚しい思いで時を過ごしていた。最終句にある通り、いつもなら心癒されるはずの昼の月も、その日、癒し効果は殆ど無かった記憶がある。   最後は「プラハの春」を詠んだ七言絶句だ。2019年訪れたときの写真を昨年探し出し、それを見て詠んだ。プラハ訪問の際、どうしても訪れたかった場所が、ここヴァーツラフ通り(広場)だ。1968年の「プラハの春」や1989年の「ビロード革命」の舞台だ。なかでも「プラハの春」は、当時8、9歳であった私に、生まれて初めて、世の中には(それも国際政治において)随分理不尽なことがあると思わせた出来事だった。この通りをソ連軍の戦車が我が物顔で走り回り、勇敢なプラハ市民が、その戦車の前に立ち塞がっていたのを鮮明に覚えて いる。 それが今、写真のように人々は平和を謳歌し、街は賑わっている。そんな平和な詩を詠いたいところであるが、それはとても出来ない。どうしても、プ...

《写真漢詩》木場上空で謎の飛行物体?を見た

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   1月31日の話、まだ薄明かり残る東京・木場、東の空には下弦の月、雲一つ無く澄み渡った空気の中でクッキリと輝いている。思わずiPhoneのシャッターを習慣的に切った。その時、月の右斜め上方向に白く細長い円柱形の物体を発見、宵の明星(金星)にしては輝いていないし、何かゆっくり動いている気がする。時々見る広告用の飛行船とは高度が全く違い遥か上空だ、飛行機とも形状や動きが違う気がした。「何だろう(UFOか)?」と一瞬疑問には思ったが、撮影した画像を確認することも無く帰宅した。  それから直ぐのことだ、米国がサウスカロライア沖で撃墜した中国の気球のニュースがテレビを賑わすようになったのは。「そうか、あれは気球だったかもしれないな。」全く根拠無しでそう思った。iPhoneの写真画像を拡大してみると、白い円柱形の物体が写っていた。 (サウスカロライナの気球の様に球形ではないので、あれは気球では無いなと思っていたら、テレビ報道で、気球の形状は様々でカナダ上空で3番目に撃墜された気球は円柱形だったとのこと、、気になるな。)             拡大してみて下さい。円柱形に見えます。   よく分からないが、まずは漢詩で詠んでみようと、 その時詠んだ漢詩です。  ひょっとすると、米国の気球騒ぎと全く同時期に日本上空を別の気球が通過していたのか、、、勝手に想像は膨らむが、答えは見つからない、疑問は深まるばかりだ。 (でも、やっぱりあれは金星かな?)  最近は何かトピックスがあると、条件反射的に漢詩が浮かぶ面倒な爺さんになってしまいました。  明日は、門前仲町の「四長庵」から、マイボタニカルライフpart2をお届けします。

《写真漢詩》大晦日

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 2022年12月31日 大晦日

≪写真漢詩≫魔雨

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《漢詩》理不尽・喪失

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《写真漢詩》此星

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《写真漢詩》昼月

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≪写真漢詩≫復活日

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≪写真漢詩≫地球

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