投稿

ラベル(短歌時事)が付いた投稿を表示しています

《写真短歌》『日傘男子』のススメ。

イメージ
仙台堀川公園、好きなビュースポットの一つから。     最近、私の中である既成概念が音を立てて崩れた。その既成概念とは「傘の歴史」に関する既成概念だ。私は恥ずかしながら、「傘は雨傘から始まり、その発展形として日傘が生まれた。」と思っていた。  しかし、それは全く逆で、「人類が日傘を用いたのは4,000年前であり、雨傘を用いるようになったのはずーっと新しい」というのが正解だ。雨の多いイギリスでも18世紀からという。 (同じように雨の多い日本では、江戸時代の浮世絵に和傘が登場するところを見るともう少し早いかもしれないが、日傘の歴史の長さには遠く及ばない。)  いずれにしても、日傘は雨傘とは比べものにならない長い歴史を持っている。古より人類は雨に降られてもそれは仕方ないが、身分の高い人間を中心に直射日光を遮ることは必要なこととされてきたのだ。   その歴史ある日傘!特に男性の日傘使用!日本では江戸時代に大きな危機を迎え、ほぼ絶滅する。寛政の改革等、飢饉の後に幕府の財政が危機に陥ると、その度ごとに、男性の日傘は贅沢禁止のターゲットに挙げられた。製造も販売もそして使用も禁止されたのである。  そして、その流れは明治期にも引き継がれる。文明開化で洋傘が普及したものの、それはあくまで雨傘としてであり、日傘を男子がさすのは女々しい、軟弱とされ現在に至った。  それでも、その風潮を崩そうという動きが無かったわけでは無い。2013年に洋傘業界が仕掛けた「日傘男子キャンペーン」がそれだ。  残念ながら当時は抵抗を示す男女も多く、私も含め「日傘男子」入りする男性は殆どいなかった。でも世に一石を投じたことは間違いない。  そして、コロナ禍が一気に情勢を変える。苦しいのだ!死にそうなのだ!マスクをしながら直射日光を浴びるのが!  私は、2013年当時、「日傘男子?男が日傘?なんて情けない世の中になったのだ。俺は一生日傘はささない。」と言っていたのを、臆面も無く撤回した。  今は娘からプレゼントされた日傘を愛用している。短歌まで詠んでしまうのだから、その変節ぶりが分かるだろう。  日傘をさせば体感温度が3〜5度下がることが証明されている。私のように完全遮光効果のある日傘を選べば10度下がるという。もはや日傘は熱中症対策の必須アイテムだ。  炎天下の太陽光線!紫外線!素肌対策とし...

《写真短歌》桃の節句を祝日に!

イメージ
   今日は桃の節句、雛祭りである。日本においては、女子の健やかな成長を祈る節句、年中行事である。そして娘が二人いる我が家では、比較的重要なイベントの日である。でも、この桃の節句には、私は昔から疑問と意見がある。それは「何故、桃の節句が、国民の祝日ではないのか?」と言う疑問であり、「国民の祝日にすべきである。」との意見である。   5月5日の端午の節句が子供の日として祝日であるのに、あまりに差別的な扱いではないかと思う。私がそう言えば、「5月5日は子供の日であり、女子も包含している。」と反論される。でもそれは誤魔化しである。空を泳ぐ鯉のぼり、床の間を飾る金太郎や鍾馗の人形、どう見ても男子の日である。  日本政府には是非是非「桃の節句を国民の祝日にする法案」を作って国会に提出して欲しい。そして法案成立の暁には、桃の節句には女性の活躍推進に関わるイベントを集中させるのだ。外国で活躍する女性政治家たちを招聘して国際会議をやるのも良い。(彼女たちも日本の伝統的な雛祭りを経験出来て喜ぶのではないか。)  そうした実際に国内外で活躍する女性の先達の姿を見せてこそ、 日本の女の子達も将来の夢を育むことが出来ると思う。日本の国際的地位も向上するし、相当の経済効果も期待できるのではないか。   更に、そうなれば5月の端午の節句と合わせて、子供の健やかな成長を国民的に祝い考える日が「倍増」(他の少子化予算の倍増と異なり財源はいらない)となる。子供を大切にする国の姿勢も鮮明となる筈だ。コスパの良い少子化対策だと思うが如何だろうか?   この「桃の節句を祝日に!」は、私の小さい頃からの持論だ。確か小学校の弁論大会か何かで発表したこともある。小さい頃からフェミニストだったのか?ただ学校が休みになる日が増えると良いと思っていたのか?記憶は定かではない。  昨日のブログで「明日は仙台堀から」と予告しながら、別の内容となりすみません。(今日が雛祭りであること失念していました。)明日は仙台堀から「仙台堀アート」をお届けします。

《写真・短歌》頑張れ‼️村神様❣️あの夜の感動は忘れないよ。

イメージ
 

《写真短歌》ヴィヴィアン・ウェストウッド

イメージ