「四長の紐育旅日記」(14)トップ・オブ・ザ・ロック〜摩天楼は永遠に摩天楼なのだ⁉️
展望台の南側の眺め、目を凝らせば、ニューヨーク湾に浮かぶリバティ島の自由の女神像も見える。 展望台の北側の眺め、目を凝らせば、セントラルパーク沿いのダコタハウスが見える。 ニューヨーク・マンハッタンの老舗展望台、「トップ・オブ・ザ・ロック」からの眺望である。最近はこの展望台より高く、設備の良い展望台も幾つか出来たが、そこは老舗の為せる技!圧倒的なロケーション(マンハッタンの中央に位置、ダウンタウン、アップタウンほぼ均等に見渡せる)で、まだまだ根強い人気を保っている。 この旅行の前、余り事前勉強しなかった私は「トップ・オブ・ザ・ロック」の展望台と聞いて、てっきりニューヨーク近郊の岩山の展望台へ行くのだと、直前まで思っていた。「トップ・オブ・ザ・ロック」の「ロック」が「ロックフェラー」の「ロック」とは全く想像していなかったのだ。 でも「ロックフェラー・センター」へ行くのだと分かったときは、妙に嬉しかった。そうか!遂に私も米国資本主義の牙城!本丸に行くのだと、少なからず興奮さえした。 「ロックフェラー」!昭和世代の我々には特別な響きだ。今でこそ「アメリカのお金待ちは?」と聞けば、「イーロン・マスク」とか、「ビル・ゲイツ」とか答える若い 日本人が多いと思う。 でも、戦後から20世紀の終わりくらいまでは、同じ質問に、圧倒的の日本人が迷わず「ロックフェラー」と答えていたと思う。つまり私の人生大半は「世界一のお金持ち」イコール「ロックフェラー」だった(※1)。 一番高いビルの鳥の嘴の様に突き出た部分が、今マンハッタンで一番人気の展望台「エッジ」。 その、ロックフェラーの創始者・ジョン・D・ロックフェラー・シニア!石油王と称される。1870年にスタンダード石油を創業し、ピーク時には、アメリカの石油の90%をコントロールした。 その手法は製販一体型の経営モデルを追求するなど独占的なもので、反トラスト運動の盛り上がりを招き、後半生は独占禁止法訴訟に明け暮れることとなった。 一方で、彼は慈善活動にも極めて熱心で、若い頃から収入の10%を寄付しており、これを生涯続けた。当然のことながら、彼が裕福になれば、10%は莫大な金額となった。 米国内に止まらず世界中の教育、公衆衛生、基礎科学、芸術等々、あらゆる分野に多大な経済的貢献をした。日本に対しても関東大震災に際し、震災復興資...