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「四長の紐育旅日記」(写真編⑦〜ニューヨーク近代美術館(MoMA)❷〜分断の縮図)

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 2026年5月31日午後2時のニューヨーク、MoMAの4階のカフェからの写真だ。   写真からは、全く伝わらないだろうが、カフェにいる私、実は大音響に包まれている。写真の左下から、中央に向かって走る道には、デモ隊のびっしりと車が並んでいる。(街路樹の陰から白い車の屋根がチラチラ見えている)  スピーカーから英語のシュプレヒコールが喧しい。イスラエルの国旗が棚引いているところから考えれば、ニューヨーク在住のユダヤ人のデモだろう。  この瞬間忘れていたが、少し考えれば分かる。現在、アメリカはイスラエルとともにイランと交戦中(※1)だ。戦争の当事国だ。ニューヨーク在住のユダヤ人たちが、アメリカの同盟国でもあるイスラエル支援のデモを実行しているのも、ある意味当然のことだなと納得した。  呑気な旅行者である日本人が、交戦中の国でこうしたデモを喧しいなんて言ってはいけないと少し反省もした、、、  でも、翌朝、ガイドさんからデモの正体を聞いて驚いた。昨日のデモは、ニューヨーク在住のユダヤ人の『反ネタニヤフのデモ』だったと、、、さすが、人種の坩堝、 政治的分断 のメッカでもあるニューヨーク(※2)!複雑怪奇だ。  日本のデモは、ある意味シンプルだ。時の内閣支持(辞めるな石破とか)か、不支持(アベ内閣打倒とか)か、増税反対(増税賛成デモはないが)とか、基本、政策イシューに関するものが大半だ。(それも、ここ50年激しいデモは無い?)  しかし、アメリカは違う。 政策イシューの分断 だけに収まらず、それに 宗教的分断、人種的分断 が加わり、構造を二重三重にも複雑にしている。  2024年公開のアメリカの 分断の極限 を描いた映画「シビル・ウォー」が、2、3年後に起きるのではと感じられるくらいなのだ。  旅行中とは言え、日本人が生半可な知識(※3)や情報で行動したら大変な目に会うなと、少し気を引き締めた。  因みに、この日のこのデモは、地図上マンハッタンを見事に南北に 分断 した。デモの南側に居た私たちは、デモの北側のMoMAへ行くのに困難を極めた。  検問の「シビル・ウォー」に出てくる兵士みたいな屈強ポリスに、「お前は何者だ!」と睨まれたが、何とか「MoMA!MoMA!」と連呼して、デモを 横断 させて貰った。 (※1)2026年2月28日、アメリカは同盟国イスラエルとともにイランを攻...

「四長の紐育旅日記」(写真編⑥〜エンパイア・ステート・ビルディング❷〜キングコングの忖度)

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  この写真だけを見て、建物の名前を当てることが出来るならば、貴方は相当なニューヨーク通だ。ヒントは左の道路標識!此処が5番街と東34通りの交差点であることが分かる。答えは『エンパイア・ステート・ビルディング』!ビルの下層部分、土台部分だ。(タイトルでも分かるが、、、)  何事も実際に現地( G )に行ってみて、初めて( H )分かる( W )ことはあるものだが、今回の旅行で私の最大の「 GHW (DAI語です)」の一つは、この写真に写っている。エンパイア・ステート・ビルディングの土台!とにかく土台部分が巨大なのだ。  昔、映画の中でキングコングが、このビルの頂上によじ登り、頂上で尖塔部分にぶら下がり戦闘機と戦った(※1)。コングが外壁や尖塔に掴まるため、一部の装飾に損傷を生じた。しかし、ビルそのものは、倒壊したり、大きく破壊されることは無かった。  ウソだろう?あの重量がビルにのしかかり、ぶら下がるのだ。「ちょっと、キングコング!『エンパイア・ステート・ビルディング』に忖度しすぎだろう?」と思った。 (だって、ゴジラやシンゴジラと言ったら、国会議事堂!東京タワー!レインボーブリッジ!といった公共の建造物だけでなく、銀座の和光!など私有の建造物も、何の忖度もなく気持ち良く(想像だが)、破壊するじゃないか?)  でも、今回の訪問の事前勉強で、『エンパイア・ステート・ビルディング』に航空機と接触する過去があることを知った。1945年、濃霧の中、米国陸軍のB25爆撃機が、79階部分に衝突!機体がビル内に突っ込んだのだ。  火災が発生し、80階部分に延焼したが、40分後に消火された。建物自体の損害は比較的少なく、2日後には営業を再開したと言う(※2)。  建築工学の知識はゼロの私だが、これも、やっぱり巨大でいかにも堅牢そうなこの土台があったればこそではないかと思う。  『エンパイア・ステート・ビルディング』、今では、高さは世界各国の高層ビルに大きく劣後する。  しかし、この土台部分も含めた容積!総質量では、まだまだトップクラスのようだ。鉛筆みたいで、風が吹けば折れそうな昨今の高層ビルとは、鍛え方(イヤ、土台)が違うのだ、、、   そうか!キングコングが忖度した訳じゃなかっ たんだ!  ニューヨーカーが創った「20世紀のバベルの塔」は土台が凄い!ちょっとやそっとじゃ崩れないぜ...

「四長の紐育旅日記」(写真編⑤〜エンパイア・ステート・ビルディング❶〜摩天楼の谷間で)

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 マンハッタンの五番街、「摩天楼」の谷間に燦然と輝き聳える「エンパイア・ステート・ビルディング」!「エンパイア・ステート」とは「帝国の州」、ニューヨーク州の別称である。正にニューヨークの象徴、「摩天楼」の象徴だ。  小学生のとき、国語か社会科か、ノートにこのビルの写真が載っていた。簡単な説明も付いていて、まず「エンパイア・ステート」という名前がカッコイイ!と、必死でその名を暗記した。  そして102 階建てと知ってビックリ!、当時私の地元名古屋には10階建て未満の建物しか無く、2桁上かよ!と、ここは少し悔しい思いもした。そしてこのとき「摩天楼」って言葉を知った。  「摩天楼」!「天を摩(こ)する楼(建物)」、英語の「skyscraper」→「空をこするもの」「空を引っ掻くもの」の日本語訳として明治時代に定着した。  直訳と言えば直訳だが、「摩天楼」!何やら響きが妖しげで美しく、漢語や漢詩を日常的に嗜んだ明治の日本人の教養が滲み出ている。実に秀逸な訳語だと思う。  その「摩天楼」とは全然違う話で恐縮だが、私はNHKの「魔改造の夜」と言う番組(※)が、好きというか、大好きだ。  「魔改造」とは正に「悪魔的な改造」で、番組内でも何故か悪魔が降臨する。数えてみれば毎回最低6回は、渋い声のアナウンサーが「悪魔の降臨です!」と言う意味不明の決め台詞をキメる。その都度、私はゾクゾクする。それくらい好きなのだ。  そんな「 魔 改造」好きが講じたのか、あるとき私は「 摩 天楼」と書くつもりで、「 魔 天楼」と書いてしまった。しばらく気が付かなかったが、少しして流石に自分で気が付き、笑いながら訂正した。   そうだ!「摩天楼」にキングコングは昇るが、悪魔は降りない。 (※)NHKで、不定期に放送されている技術開発エンタメ番組。「トースター高跳び」とか「扇風機50m走」とか、日本の一流エンジニアたちが、日用家電や玩具の改造スペックを競う。クライマックスは実況アナの矢野武が「悪魔の降臨です」と決め台詞をキメるシーン。  普通「降臨」とは、神とか仏とか尊貴の対象が人間界に現れることを意味し、悪魔は「降臨」しないはずだ。しかし、最近は人気歌手も「降臨」するみたいなので、日本語に厳格なNHKも気にしていないようだ。

「四長の紐育旅日記」(写真編④〜ニューヨーク近代美術館(MoMA)❶〜谷口吉生の作品主義)

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   ニューヨーク近代美術館(MoMA)のカフェからの一枚の写真。  このMoMAの新館を設計したのは、日本人の谷口吉生、豊田市美術館( リンク1 )、長野県信濃美術館・東山魁夷舘( リンク2 )等国内外の多くの美術館を設計し、「美術館建築の名手」と呼ばれた。  パリで安藤忠雄設計の「ブルス・ドゥ・コメルス」( リンク3 )に入ったときも感じたが、海外で日本人建築家設計の有名建物に入ると、どこか包み込まれるようにホッとする。それは恐らく私の意識過剰の所為だが、それだけとも言えない気もする。  やっぱり同じ日本人として勿論誇らしいし、その建物で働いている人たちも、入館者の私たちを館の設計者と同じ日本人と認識して、何処かフレンドリーに接してくれるのも確かだ。  でも、それだけじゃないな?やっぱり日本人建築家の設計には、細部に行き届いた日本人らしい気遣い、奥ゆかしさ、潔癖性、完全主義等々があり、それが日本人を居心地よくしているのでは、、、ってなことを考えた。  そこで少し古いが、ネットで谷口吉生のこのMoMAの国際建築コンペでの勝利コメントでもないか?と調べてみたが、なかなか出てこない。やっと探したのが「建物に芸術作品と人が入って初めて環境が完成する」の一言だ。(世界のMoMAのコンペに勝ってこの一言!)  生前、谷口吉生は自身の建築には多くを語らず、作品を見て貰う、作品に入って貰うことを優先する「作品主義」を貫いたとのこと、、、やっぱり昔気質、職人気質の日本人だ!寡黙で余分なことは喋らない語らない、高倉健のような奥ゆかしさだ。それが建物に反映し、日本人を心地よくさせるのかもしれない。  

「四長の紐育旅日記」(写真編③〜カーネギーホール❷)

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  前回( 「四長の紐育旅日記」(写真編②) )に続き、カーネギーホールの話だ。  実は私、カーネギーホールの創立者アンドリュー・カーネギーさんには、苦い記憶、失敗談がある。  その失敗とは、ズバリ!これだ。私はこの「アンドリュー・カーネギー(1835〜1919)(以下アンドリュー)」と「デール・カーネギー(1888〜1955)(以下デール)」を完全に混同していたのだ。 「鉄鋼王」のアンドリューについては前回( 「四長の紐育旅日記」(写真編②) )で詳しく書いた。一方、デールは、米国の教師で作家、そして何よりも自己啓発スキルの開発者。1936年出版の「人を動かす(※)」は、日本国内でも500万部売れたベストセラーだ。  私はその「人を動かす」を、「鉄鋼王」アンドリューの著書だと思い込んでいたのだ。そして思い込んでいただけなら良かったが、あろうことか多くの人にそう説明していたのだ。  当時、私は保険会社の人事部にいたので、管理職研修等で「鉄鋼王・カーネギー曰く、人を動かす基本3原則は、①批判しない②誠実な評価を与える③相手の立場に立つの3つだ。さすが鉄鋼王!成功する人は人を大切にする」ってな感じで得意げに話していた。  アンドリューは単なる企業家ではなく、大篤志家そして特に著述家でもあることも知っていたので、全く違和感なく話していた。(「人を動かす」って如何にも「鉄鋼王」が書きそうだと思いません?)  今、思い出しても顔から火の出る思いだ、、、恥ずかしい。浅学非才を恥じる。  でも、その間違いに気付いて少し経った頃、本件について少しは慰められる事実を知った。  アンドリューとデール、本当は全く親族関係は無かったが、デールは、若い頃からアンドリューをかなり意識したようだ。  そして、何と米国で最も尊敬される成功者・企業家であるアンドリューと、自分が遠縁であるかのように、聴衆が勝手に思うように、自らの姓の綴りをCarnegeyからアンドリューのCarnegieに変えてしまったのだ。  (そうか、それなら私が間違えるのも仕方ないな。(全然仕方なくないが、、、)私は安堵し、苦い記憶は消去することにした。)  因みにデールはこのカーネギーホールが大好きだったと言う話だ。  クラシックファンであったデール、全米を自己啓発の講演旅行で忙しく巡る日々、時間を見つけてはこのホー...

「四長の紐育旅日記」(写真編②〜カーネギーホール ❶)

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   カーネギーホールである。ニューヨーク市マンハッタン区ミッドタウンのランドマークであり、昔からクラシック、ポピュラー、音楽のジャンルを問わず有名コンサートが開催される正に「音楽の殿堂」である。  特にクラシック音楽の世界に於いては、このホールで世界初演されることが、作品にも作者にも高いステータスを与えた(※1)。  創設者は、ホールに名を残すアンドリュー・カーネギー!「鉄鋼王」と呼ばれた大実業家だ。慈善家・篤志家としても超一流で、世界各国に彼の名前を冠したコンサートホール、図書館、大学等教育機関がある。  そして「鉄鋼王」としての彼の最終到達点、最大の功績は、晩年、「USスチール」を誕生させたことだと言われている。  盟友であった米国金融界の最重要人物ジョン・ピアポンド・モルガン( リンク )の支援を得て、自らのカーネギー製鉄と他の製鉄会社を合併させ、ほぼほぼ米国の鉄鋼業界を統一した。  「鉄は国家なり」を体現する会社であり、二度の大戦に米国が勝利したのも、「USスチール」の存在があればこそと言われている。  その「USスチール」!、何と!昨年、2025年からは日本の日本製鉄グループの完全子会社だ。バイデン、トランプ両大統領を巻き込んだ非常に難産の買収劇あと、日本製鉄は遂に「USスチール」の子会社化に成功した。  バブル時代の1989年、三菱地所が同じマンハッタンのロックフェラーセンターを買収したことがあった(※2)。  「日本は米国人の心まで買収するのか?」と、当時、日本はニューヨーク市民の大顰蹙を買った。その時は私も少しやりすぎたな?と思った。しかし、一方で戦後の焼け跡から、日本も此処まで来たか、マンハッタンの大地主だと、少し良い気分になったのも否定しない。  でも、その日から35年以上!そんな景気の良い話を最近はもうついぞ聞かない。為替のレートの円の価値は、その時と比べれば今は半分くらいだろう。日米の経済力の差は、途轍も無く拡がった。  そんな中だ。「日本製鉄よ!よくやった!」正直そう思った。何か気分が良い。日本人として誇らしい。恐らく、もうホールとUSスチールとの関係は希薄であろうが、今、ホールの前に佇めば、カーネギーホールにも俄然親近感が湧く。(※3)  予測不可能なトランプ大統領!だ。日本製鉄にとって、この先も苦難の道が続くだろう。でも何とか...

「四長の紐育旅日記」(写真編①〜ラジオシティ・ミュージックホール)

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 「ラジオシティ・ミュジックホール」である。マンハッタン区のロックフェラーセンター内にある劇場である。  毎年4月にはAFLのドラフト会議、6月にはトニー賞の授賞式が行われる。その他エミー賞の一部やMTVアワード等々、世界中の関心を集めるイベントが行われることで有名だ。(日本の宝塚歌劇団も此処で公演したことがある)  でも、私の個人的関心は別にある。写真の下部中央にある金色のドア!にある。此処は私の聖地なのだ。  映画「ゴッドファーザー」の中で、前半重要シーンが此処で撮影された。  粉雪が舞うクリスマスイブ、ドン・ヴィトー・コルレオーネ(マーロン・ブランド(※1))の3男マイケル(アル・パシーノ)が、恋人のケイ(ダイアン・キートン)と、この金色のドアから出てくる。家族へのクリスマスプレゼントを抱え、ケイが今、観た映画(※2)の感想を楽しげにマイケルに話しているシーンだ。  正に恋人同士の幸せなイブ!それが次の瞬間、暗転する。ケイの顔色が変わる。ラジオシティの脇の歩道の新聞販売スタンドに、「コルネオーネ暗殺か?」「暗黒街のボスが銃撃される!」の見出しが踊っていたのだ。  此処から物語は大きく動く、マイケルが二代目のドン!ゴッドファーザーへの道を歩き出す。あんなに嫌っていた家業を継ぐことになる。ヴィトー・コルレオーネの三男のマイケルに託していた夢、彼には知事や上院議員そして米国大統領になって欲しいと思っていた夢が儚くも途絶えるのだ、、、何度も何度も見たが、私はこの場面まで来ると、一気に緊張感が昂まる。  聖地のパワーは凄い。これまで偉そうに書いて来たが、実は私、ラジオシティを目指して来た訳ではない。ロックフェラーセンタービルの屋上にある展望台「トップ・オブ・ザ・ロック( リンク ) 」を目指して来たのだ。  恥ずかしながら、ラジオシティがこの場所にあることすら知らなかった。言わばたまたま通り掛り聖地に遭遇したのだ。そんな私に聖地は、此処まで語らせるのである。   結果的に聖地巡礼!パワースポットは侮れない。 (※1)参照・リンク→ 「四長の紐育旅日記」(2) (※2)因みに、二人が観た映画とは?ケイのセリフ「私が尼僧だったら、、、」から推定される。オードリー・ヘップバーンの「尼僧物語」だと思う。時代はオードリーの全盛期、彼女の主演作は軒並み大ヒット、この「尼僧物...