「四長の紐育旅日記」(写真編③〜カーネギーホール❷)


 前回(「四長の紐育旅日記」(写真編②))に続き、カーネギーホールの話だ。

 実は私、カーネギーホールの創立者アンドリュー・カーネギーさんには、苦い記憶、失敗談がある。

 その失敗とは、ズバリ!これだ。私はこの「アンドリュー・カーネギー(1835〜1919)(以下アンドリュー)」と「デール・カーネギー(1888〜1955)(以下デール)」を完全に混同していたのだ。

「鉄鋼王」のアンドリューについては前回(「四長の紐育旅日記」(写真編②))で詳しく書いた。一方、デールは、米国の教師で作家、そして何よりも自己啓発スキルの開発者。1936年出版の「人を動かす(※)」は、日本国内でも500万部売れたベストセラーだ。

 私はその「人を動かす」を、「鉄鋼王」アンドリューの著書だと思い込んでいたのだ。そして思い込んでいただけなら良かったが、あろうことか多くの人にそう説明していたのだ。

 当時、私は保険会社の人事部にいたので、管理職研修等で「鉄鋼王・カーネギー曰く、人を動かす基本3原則は、①批判しない②誠実な評価を与える③相手の立場に立つの3つだ。さすが鉄鋼王!成功する人は人を大切にする」ってな感じで得意げに話していた。

 アンドリューは単なる企業家ではなく、大篤志家そして特に著述家でもあることも知っていたので、全く違和感なく話していた。(「人を動かす」って如何にも「鉄鋼王」が書きそうだと思いません?)

 今、思い出しても顔から火の出る思いだ、、、恥ずかしい。浅学非才を恥じる。

 でも、その間違いに気付いて少し経った頃、本件について少しは慰められる事実を知った。

 アンドリューとデール、本当は全く親族関係は無かったが、デールは、若い頃からアンドリューをかなり意識したようだ。

 そして、何と米国で最も尊敬される成功者・企業家であるアンドリューと、自分が遠縁であるかのように、聴衆が勝手に思うように、自らの姓の綴りをCarnegeyからアンドリューのCarnegieに変えてしまったのだ。

 (そうか、それなら私が間違えるのも仕方ないな。(全然仕方なくないが、、、)私は安堵し、苦い記憶は消去することにした。)


 因みにデールはこのカーネギーホールが大好きだったと言う話だ。

 クラシックファンであったデール、全米を自己啓発の講演旅行で忙しく巡る日々、時間を見つけてはこのホールで、此処を本拠地とするニューヨーク・フィルハーモニーの演奏を楽しんだそうだ。

 綴りを変えたのには、大好きなこのホールの綴り(Carnegie Hall)に合わせたいってのもあったのだろう。

 

(※)当時、私は第1部の人を動かす3原則(それも要約)しか知らなかったが、本はその後、第2部人に好かれる6原則、第3部人を説得する12原則、第4部人を変える9原則、第5部幸福な家庭をつくる7原則と続く。さすがに最後まで読めば「鉄鋼王」が書いた本ではないと私でも気付いただろう。





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