「四長の紐育旅日記」(写真編②〜カーネギーホール ❶)
カーネギーホールである。ニューヨーク市マンハッタン区ミッドタウンのランドマークであり、昔からクラシック、ポピュラー、音楽のジャンルを問わず有名コンサートが開催される正に「音楽の殿堂」である。
特にクラシック音楽の世界に於いては、このホールで世界初演されることが、作品にも作者にも高いステータスを与えた(※1)。
創設者は、ホールに名を残すアンドリュー・カーネギー!「鉄鋼王」と呼ばれた大実業家だ。慈善家・篤志家としても超一流で、世界各国に彼の名前を冠したコンサートホール、図書館、大学等教育機関がある。
そして「鉄鋼王」としての彼の最終到達点、最大の功績は、晩年、「USスチール」を誕生させたことだと言われている。
盟友であった米国金融界の最重要人物ジョン・ピアポンド・モルガン(リンク)の支援を得て、自らのカーネギー製鉄と他の製鉄会社を合併させ、ほぼほぼ米国の鉄鋼業界を統一した。
「鉄は国家なり」を体現する会社であり、二度の大戦に米国が勝利したのも、「USスチール」の存在があればこそと言われている。
その「USスチール」!、何と!昨年、2025年からは日本の日本製鉄グループの完全子会社だ。バイデン、トランプ両大統領を巻き込んだ非常に難産の買収劇あと、日本製鉄は遂に「USスチール」の子会社化に成功した。
バブル時代の1989年、三菱地所が同じマンハッタンのロックフェラーセンターを買収したことがあった(※2)。
「日本は米国人の心まで買収するのか?」と、当時、日本はニューヨーク市民の大顰蹙を買った。その時は私も少しやりすぎたな?と思った。しかし、一方で戦後の焼け跡から、日本も此処まで来たか、マンハッタンの大地主だと、少し良い気分になったのも否定しない。
でも、その日から35年以上!そんな景気の良い話を最近はもうついぞ聞かない。為替のレートの円の価値は、その時と比べれば今は半分くらいだろう。日米の経済力の差は、途轍も無く拡がった。
そんな中だ。「日本製鉄よ!よくやった!」正直そう思った。何か気分が良い。日本人として誇らしい。恐らく、もうホールとUSスチールとの関係は希薄であろうが、今、ホールの前に佇めば、カーネギーホールにも俄然親近感が湧く。(※3)
予測不可能なトランプ大統領!だ。日本製鉄にとって、この先も苦難の道が続くだろう。でも何とか、当初計画通り、日本製鉄の資金と技術で、USスチールを国際競争力ある会社に生まれ変わらせて欲しい。米国従業員にとってもハッピーな再建を成し遂げて欲しいものだ。
「頑張れ、日本製鉄!」と、星条旗たなびくカーネギーホール前で、私は心の中で呟いた。
(※1)ドヴォルザークの交響曲9番「新世界より」(1893年初演)、ガーシュウィンの「パリのアメリカ人」(1928年初演)等々
’(※2)1995年、不動産不況で莫大な赤字を出し、三菱地所はロックフェラーセンターの大半を売却した。
(※3)日本製鉄もカーネギーホールと比べれば遥かに小ぶりだが、東京の千代田区紀尾井町に日本のクラシック音楽ファンに長く愛される「紀尾井町ホール(2025年からは日本製鉄紀尾井町ホール)」を所有している。特に室内楽、邦楽の世界では殿堂と呼ばれている。