「四長の紐育旅日記」(11)フローンシス・ターバン〜ジョージ・ワシントン!貴方は私の恩人だ⁉️


「フローンシス・ターバン(酒場)」、独立戦争の終結した1783年、イギリス軍撤退の後、凱旋してきた独立軍最高司令官・ワシントン(後のアメリカ合衆国初代大統領ジュージ・ワシントン)が、この酒場で兵士たちと別れの宴をはった。

酒場の壁に掛けられた別れの宴を描いた絵画

 ニューヨークには、ワシントン所縁の場所が大変多い。日本にいるとワシントンと言えば、ついつい、ワシントンDCのホワイトハウスで執務しているイメージを抱く(※1)。

 しかし、彼の名前を冠したワシントンDCが首都となったのは、ワシントンが死んで1年後だった。彼が初代大統領として活躍した時期は、此処・ニューヨークが合衆国の首都だったのだ。それ故、ニューヨークとワシントン!縁が深いのも当然だ。


フェデラル・ホール(アメリカ合衆国議会旧議事堂)のテラスに立つワシントンの像

 ニューヨーク証券取引所の写真を撮っていたときも、振り返ると、工事中にもかかわらず、建物の2階にワシントンが現れ、私を「よく来たな」って感じで迎えてくれた。


 ところで、ワシントンと私の最初の出会いは、私の幼稚園時代に遡る。私が生まれて初めて読んだ偉人の伝記がワシントンだったのだ。幼心に刻まれたのは、あの有名なくだり、「ワシントンの斧」である。

 「庭の桜の木(※1)を斧で切り倒してしまったワシントンが、父親に正直に話したら、かえって褒められた」という話だ。

 この「褒められた」ってのがポイントだった。単に叱られなかっただけでなく、「褒められた」ってのは凄い、マイナスがプラスになるんだと、、、 「ワシントンの斧」は、当時5歳の私の心をグッと掴んだ。

 以来「三子の魂百まで」とはよく言ったもので、この歳に至るまで私の生活信条は「ワシントンの斧」だ。「失敗や不始末は、やらかしたら直ぐに白状する!」である。

 簡単そうだが、これが結構難しい。人も組織もついつい、「直ぐに」ではなく「バレそうになったら」白状するか、「バレたら」白状するになる。「それでいいんじゃねえか?バレないかもしれないぜ」って悪魔が囁くのだ。(経験的には大体バレる)

 私だって何度も悪魔の甘い囁きに釣られそうになった。そんなときは心の中で唱えるのだ、、、「ワシントンの斧!」「ワシントンの斧!」「ワシントンの斧!」と3回!、、、それで修羅場を乗り越えて来た。

 社会人になってからは、先に白状しても褒めらることはスッカリ無くなった。でも、問題がより深刻化するのは防げていると思う。「ワシントンの斧」のお陰だ。

「デラウェア川を越えるワシントン」メトロポリタン美術館蔵

(※1)歴代合衆国大統領の中で、ワシントンDCとホワイトハウスで執務したことが無いのは彼だけだ。

(※2)大変偉そうに「ワシントンの斧」について語っているが、私には「ワシントンの斧」について悲しい過去がある。小学校の時、授業でワシントンの話題になったとき、私は得意になって「ワシントンの斧」の話を披露したが、桜の木を林檎の木と言ってしまったのだ。(多分、ニュートンの林檎の話と混同したのだろう)

 先生に指摘され、クラス中に笑われ屈辱を味わった、、、でも、最近になって、ワシントンの子供の頃、つまり1745年頃には、アメリカ大陸に桜の木は存在しないと言う話を聞いた、、、早く言ってよ!60年前に聞きたかったな、、、私は今、確信している「やっぱりあれは林檎の木」だって、、、孫にはそう教えるつもりだ。

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