四長、パリへ行く‼️(最終章)ブルス・ドゥ・コメルス〜変わらないでいるために、変わり続けるパリ‼️


  いよいよ、このブログ「四長、パリへ行く‼️」シリーズも最終章だ。最終章は私が最も尊敬する日本の建築家・安藤忠雄(リンク)の作品で締めたい。

「ブルス・ドゥ・コメルス」、元パリ市の商品取引所であった建物を、安藤忠雄が大改修を設計し、2020年開館した現代美術館である。


 安藤忠雄と、パリとの縁は深い。市内にあるソルボンヌ大学の名誉博士号を授与され、フランス芸術文化勲章(コマンドゥール)も受賞している。

 そして、今、世界の建築・現代アート界を席巻している話題は、彼の盟友で世界有数の企業家、現代アートのコレクターとしても名高いフランソワ・ピノー(※1)との協働関係(※2)である。


 この「ブルス・ドゥ・コメルス」もピノーとの協働作品で、ピノーがパリ市より旧商品取引所の建物を取得し、安藤忠雄が建物の全面改修を設計・指揮、ピノーの現代アートのコレクションの展示スペースを確保した。


 建物の中に一歩入れば、ピノーが何故、安藤忠雄をパートナーとして選び続けているのか?理由が分かる。

 まず第一に、安藤忠雄はアート作品の邪魔をしないのだ。建物構造は極めてシンプルで邪魔な装飾は一切排除されている。

 第二に、それでいてアート作品を引き立てるための光と影の演出は効果抜群だ。作品のスケール感は最大限に、色彩はエッジが効き鮮明となるのだ。

 そして最後には入場者に緊張感を感じさせるのだ、、、「歴史(的建造物)」と「現代(アート)」の緊張感を、、、





 これこそが安藤建築の真骨頂だと思う。国内に数ある彼の作品の中でも、私は上野「国際子ども図書館」が気に入っている。

 彼はルネサンス様式で代表的な明治期洋風建築であるこの図書館を、外観をはじめ残すべきは残し、削ぎ落とす部分は大胆に削ぎ落とした。そして図書館としての機能ついては、最新技術の使用を可能にしたのだ。


 私は「変わらないでいるためには、変わらなければならない(※3)」という言葉が好きだ。そして安藤忠雄ほど、その言葉を体現した建築家はいないと思う。

 彼は世に残したい建築、残さななければならない歴史的建造物が数多あることを知っている。一方で建物として何の用途も無く、何の機能も果たす事なく、生き残ることが許される建物は、極く限られることも知っている。

 建物がいつまでも変わらない姿で、世の中に生き残るためには、変わらなければならない。変えなければいけないのだ。建物と世の中との関係にも緊張感が必要なのだと、、、

 そんな安藤忠雄に、ピノーは、パリ市民は、大事なブルス・ドゥ・コメルスを託したのだろう。

 パリ市の紋章には「Fluctuat nec mergitur」と書かれている。「たゆたえども沈まず!」意味は「揺れはするけど、沈みはしない」だ。

 幾多の戦乱!疫病!災害!パリの歴史は市民の苦難の歴史でもある。しかし、一方でパリの歴史は、市民が決して受け身に回る事なく、自ら強かにしなやかに苦難から立ち上がり、常に世界の文化芸術の発信地、中心であり続けた歴史でもある。

「たゆたえども沈まず!」今もパリの街は、沈まないために、変わり続けている。

今、円形ドームを通した陽光が、障壁画にスポットライトを当てた。これこそが安藤忠雄の光と影の演出だ。


(※1)グッチ、サン・ローランなどを傘下に持つケリングの創業者、現代美術コレクターとしても著名なフランスを代表する実業家である。ルイ・ヴィトンを傘下に持つ企業グループの総帥で、同じく現代美術コレクターのベルナール・アルノーとのライバル関係は有名だ。熾烈な文化影響力(ソフトパワー)獲得競争を展開し世界の注目を集めている。

(※2)2023年1月、兵庫県立美術館で見た安藤忠雄の建築模型。恐らくプレゼンにも使われたもので、建物内部もかなり精巧に造り込まれていた。 ①ブルス・ドゥ・コメルス②プンタ・デラ・ドガーナ(ヴェネツィア)、何れもフランソワ・ピノーとの協働作品である。



(※3)1963年のイタリア映画山猫」(ルキノ・ヴィスコンティ監督)で、アランドロン演じる青年貴族タンクレディが発した有名なセリフ。






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