《写真・短歌》四長、『青が散る』を求めて天童へ旅する。
生まれて初めて山形県・天童市を訪れた。
たった一枚の絵が見たくて、、、
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| 重奏 |
その絵は、地元の銘酒「出羽桜(※1)」の蔵元・三代目仲野清次郎氏のコレクションで 、今秋、仲野家の母屋、蔵屋敷を改造した「出羽桜美術館」に展示されている。早世の天才画家・有元利夫の代表作「重奏」だ。
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| 出羽桜美術館・木造瓦葺の母屋と蔵屋敷が展示室として公開されている。 |
私がこの絵「重奏」に初めて逢ったのは、画家の個展や美術全集ではない。40年以上前、読んだ本の装丁に使われていたのだ。本の題名は『青が散る』、当時のNO1人気作家宮本輝が著した青春小説だ。
『青が散る』は1982年に文藝春秋に連載され、翌年単行本化されると忽ち大ベストセラーとなった。本屋に宮本輝のコーナーが出来て、この「重奏」で装丁された『青が散る』で、棚が埋め尽くされた光景を今も鮮明に記憶している。
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| 文春文庫 |
『青が散る』はこの単行本化とほぼ同時にTVドラマ化された。こちらも結構人気だったので、本屋の壁にもドラマの主演の石黒賢、佐藤浩市、二谷友里恵のポスターなんかも貼られ盛り上がっていた。
(記憶の中ではドラマの主題歌、松本隆作詞、呉田軽穂(松任谷由実)作詞で松田聖子が唄った「蒼いフォトグラフ」も店中に流れている。でも、それは後に修正された記憶で、恐らくは私の頭の中だけ流れていたのだろう。)
バブル前夜、日本が元気だった頃、日本中が右肩上がりを疑わなかった時代の思い出である。
そんな少し浮かれた雰囲気の本屋で手にした『青が散る』であったが、読み進めて行くとそこは宮本輝!。王道の青春小説と思わせ読者を引き込む手練れさと、青春というかけがえの無い時間を過ごす群像たちの内面まで切り込み、その光陰、美しさと残酷さを描き切る著者の洞察力、表現力に圧倒された。
そして題名に『青が散る』を、装丁に有元利夫の「重奏」を用いたセンス(※2)にも、、、
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| 出羽桜美術館入り口 |
そんな「重奏」に再会した。いや、再会したは正確ではない。本の装丁でしか見たことなかったのだから、初めて実物と対面した。
美術館には、「重奏」以外にも「虜れ人」や「予感」や「啓示」といった有元利夫の代表的なタブローの数々、そして素朴な木彫が、蔵元の母屋と蔵屋敷に展示されていた。
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| 虜れ人 |
有元利夫!早世の天才画家と言われることからもわかるように、描き上げたタブローの数はそんなには多くない。約400点と言われている。その内40点がこの美術館に所蔵されている。恐らく家族の手元に残された作品以外では最多の蒐集だろう。そして此処ではタブロー以外の木彫達も多く所蔵されていて、タブローと一緒の空間で鑑賞することが出来る。
(ここからは私の勝手な想像だが、三代目仲野清次郎は生前の有元利夫のパトロン・支援者ではなかったのか?二人の年齢も付合する!。清次郎の蒐集には何か東北の蔵元当主の文化に対する矜持のようなものを感じずにはいられない。)
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| 予感 |
美術館には私と家人以外に入館者は無く、静寂に包まれ、一枚一枚絵と会話をするような贅沢な時間を過ごすことが出来た。
イタリアのフレスコ画に魅了され、それに近づくために築き上げた岩絵具や金箔を用いた独特の画法!、見る者にどこか精神性、宗教性を感じさせずにはおかない幻想的な構成!、天才の天才たる所以が、素人の私にも少し理解出来た気がした。彼の絵を見つめていると、いつの間にかその絵の世界に没入し、風を感じ、不思議な音楽が聞こえて来てしまうのだ。
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| 啓示 |
最後にもう一度「重奏」の前に佇む。色々な感情が交錯する。昔『青が散る』を読んだときの甘酸っぱい興奮、それから過ぎ去って行った長くて短い時間、そしてこの先もうこの絵に逢うことも無いだろうという寂寥、諦観も、、、
心の中でその絵に別れを告げた。
※1 「出羽桜酒造株式会社」、初代仲野清次郎が仲野酒造として創業。当主自らが仕込み、全行程に携わるのが伝統。私に「日本酒はフルーティである」ことを教えてくれた酒である。
※2 宮本輝は有元利夫の存命中は自らの全著作の装丁に有元利夫の絵を用いた。








