「四長の紐育旅日記」(2)エリス島〜ヴィトー・コルレオーネが見た景色
| エリス島の船着場から見た移民入国管理所跡 |
ニューヨーク湾、自由の女神があるリバティ島とマンハッタン島の間に浮かぶ島、エリス島である。
前回のブログ(「四長の紐育旅日記(1))で、遥か大西洋の海原を越え、自由の女神に迎えられマンハッタン島に上陸した移民たちの話を書いた。
その上陸コースが1892年から少しだけ変わった。訪れる移民の数が急激に増加するのに対応するため、移民たちは自由の女神を見た後、上陸前に新しく設けられた此処・エリス島の移民入国管理所を経由することになったのだ。
私の大好きな映画、フランシス・F・コッポラ監督の「ゴッドファーザーPARTⅡ」(1974年)の中にも、その当時のエリス島を描いた名シーンがある。
ひとりシチリア島を逃れたヴィトー・コルネオーネ少年(推定年齢7、8歳)が、移民船でニューヨーク湾まで辿り着く。だが、エリス島の入国管理所で天然痘が発覚し、島の収容施設で3ヶ月収容されることになる。収容所の殺風景な個室の曇りガラスからは、自由の女神が、ぼんやりと見えるというシーンだ。
| 移民収容施設と自由の女神 |
入国審査や健康診断の間は、一言も発しなかった少年が、自分以外誰もいない部屋に入ると、椅子に腰掛け、小さな声(でも、美しいボーイ・ソプラノ)で口遊む、故郷シチリアの歌を、、、窓から見える自由の女神に向かって語り掛ける様に、、、
(今、このブログを書いている瞬間も、配信でそのシーンを視聴しているが、私はこのシーンになると、パブロフの犬のような条件反射で、胸が熱くなり、涙腺が緩む)
唯、このボーイソプラノの少年!この後成長し、同郷の仲間の絶対的信頼を得る青年になる。組織で頭角を表し、洞察力、交渉力、人心掌握力に優れたリーダー(※1)になる。但し、その組織は犯罪組織!マフィアだ!
ニューヨーク5大ファミリーの一つ!コルレオーネ・ファミリーのドンとなり、ゴッドファーザーと呼ばれるようになる。
そんな未来を、少年はそのとき少しでも想像したのだろうか?自由の女神にどんなアメリカンドリームを語っていたのだろうか?
何しろボーイソプラノ少年からマフィアのドン(そうロバート・デニーロとマーロン・ブランド)になってしまうのだ。
自由の女神(アメリカという国)が、少年に与えた自由と試練は、複雑で過酷で劇的であったことは容易に想像出来る。でも、それがアメリカであり、それこそがアメリカ映画史に燦然と輝くドラマチックな物語を紡ぎ出した。
今、その少年が見ていた景色の中に居る。
| ヴィトー少年が窓ガラス越しに見たであろう風景 |
1920年までに1700万人もの移民たちが、このエリス島からニューヨークに入った。現在の米国民の約4分の1が、この1700万人をルーツに持つと言われている(※2)。
ヴィトー・コルレオーネほど劇的ではないにしろ、1700万の物語が、この島から始まった。
(※1)映画を見ると分かるが、ヴィトー・コルレオーネ!その他危機管理、リスク管理能力も優れていた。現役の金融マンであった頃、私は何かのインタビューかアンケートで「貴方がリーダーとして優れていると思う人物は?」の問いに、条件反射的に「ヴィトー・コルレオーネ」と答えようとしていた。でも待て!ヴィトーは反社会的勢力だ!金融マンとして反社はマズイなと、「徳川家康」に変えた。そんな記憶もある。
(※2)ガイドさんの話では、エリス島の移民記念館では、自分のルーツを調べてもらうことも出来るそうだ。条件次第だが、結構ヒットするそうだ。この日もファミリーヒストリーを求めて沢山の人が訪れていた。