「四長の紐育旅日記」(1)自由の女神〜君はニューヨークを見たか⁉️

 「君はニューヨークを見たか?」、それは若いときから、私の頭の中で何度も繰り返された問いかけだ。

 私たちにとって、映画でも小説でも音楽シーンでもニューヨークの街はとても身近な存在だ。そして、私たちが世界の経済動向や社会情勢等、情報として得ているものの多くは、この街を経由して日本に伝えられる。なのに、私はニューヨークを知らない。


 私には現役の金融マンであった頃から、20年間続いた朝のルーティンがある。テレビ東京の経済番組「モーニング・サテライト」を視ることだ。

 この番組ではCMに変わるときにセントラルパークの映像が流されている、、、秋、紅葉で色づく公園!冬、一面真っ白な雪に覆われる公園!ほぼほぼリアルタイムで日常的に、私はニューヨークの街の四季を感じている。なのに、私はニューヨークへ行ったことがない。

 「君にとってそんな身近な、思い入れのある存在のニューヨーク!なのに、君は未だ行っていないのか?」「実際にその目で見なくて良いのか?」私の頭の中の問いかけ趣旨は、そんなところにあっただろう、、、

 結構しつこい問いかけだった。でも「そのうち行くさ」と、ずーっと先送りしてきた。しかし、もう先送りは限界だ。これ以上先に延ばせば、一生行けないまま終わる、、遂に私は今回のニューヨーク行きを決断した。

リバティー島からマンハッタン島のダウンタウンを臨む。

 今回ニューヨークへは、勿論飛行機で行った。深夜に「ジョン・F・ケネディ空港」に降り立ち、バスで市内に入る。ごく当たり前の行き方だ。

 でも、何かもの足りなさが残る。実は私、船でニューヨーク入りしたかったのだ。

 ニューヨークは北米大西洋側きっての良港を持つ海の街だ。そしてその良港に世界中から夢を求めて移民たちが殺到した。

 そんなこの国の歴史をかたち造った移民たちの様に、大西洋を越えて、ニューヨーク湾に入る。そして自由の女神に温かく迎えられ、マンハッタン島に上陸する。そんな入り方をしたかったのだ。何しろこの街で一番先に出逢うランドマークは自由の女神であって欲しかったのだ。(私は形から入りたい人だ)

 でも流石に、それは無理だなと思っていたら、良い作戦を思いついた。名付けて「自由の女神に温かく迎えられてマンハッタン上陸大作戦!(少し長い)」だ。

バッテリーパークの遊覧船の桟橋から、遠く小さい自由の女神が見える。

 作戦名が長い割には内容は極めてシンプルだ。先ず「ニューヨーク湾遊覧船」に乗る。これなら、自由の女神の周りを1周する。女神の後ろ姿が見える辺りは、目を瞑るか、マンハッタン島の摩天楼を眺め、女神は見ない様にする。

 船が女神像を過ぎた辺りで、一気に振り返れば、女神様と初のご対面、正面から自由の女神に迎えられ、気分を高揚させマンハッタン島へ上陸する(正確には再上陸だが)作戦だ。(作戦と言う程ではない)

 早速、到着翌日、全ての旅程の前に、先ず遊覧船に乗船、作戦を実行した。



 その日は、生憎の曇天、風も強い。日本で真夏日に慣れてしまった身には応える寒さだった。

 ガタガタ震えながら作戦を遂行していたが、そこは私、元来意志が弱い、歓声が上がる度にチラチラっと女神像の方を見てしまう。

 でも我慢、我慢と目を瞑ったそのとき、船が左に旋回するのが分かった。バッチリだ、この瞬間を待っていたと振り返り、目も全開だ、、、デカい!自由の女神!とてつも無い迫力だ。


 大作戦が成功したかしなかったか、女神が温かったかどうか、それは今も不明だ。でも女神は取り敢えず、右手を高く掲げて私を迎えてくれた。「遅かったわね!待ちくたびれたわ!その分しっかり見ていきなさいよ!この街を!って、、、私のニューヨークでの4日間が始まった。



(※)女神像の台座には、ユダヤ人のエマ・ラザウスの詩が刻まれている。「私に与えなさい。貴国の疲れた人々、貧しい人々を、自由に呼吸したいと請い願う人々の群れを!、、、」
移民排斥に熱心な今の米国大統領を、女神はどんな思いで眺めているのだろうか? 

 

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