四長、パリへ行く‼️(9)マリー・アントワネットの最後の密会場所は此処だ⁉️
此処に収容された最も有名な囚人と言えば、日本でも繰り返し上映される伝記的映画の数々、そして何より池田理代子作の漫画!それを舞台化した宝塚歌劇の「ベルサイユのばら」!!で大人気の「マリー・アントワネット」(以下「彼女」)だ。
私は此処に来る迄、彼女は夫であるフランス国王のルイ16世と、一緒に、同じ日にギロチンに掛けられ処刑されたと思い込んでいた。
でも、事実は大きく異なった。彼女は夫より8ヶ月も長く生きたのだ。そして最後の2ヶ月半は此処「コンシェルジュリー」で暮らした。
またその時彼女には頻繁に訪れてくれる人物がいた。これも「ベルサイユのばら」で大人気!彼女の不倫相手のフェルゼンだ。
フェルゼンは彼女を此処から救い出すため、様々な外交戦(彼女の実家オーストリアのハプスブルク家の力を借りたり等々)を展開する。
最後には脱獄さえも画策する(この中庭で二人が密談した内容が、看守(※)からロベスピエールに密告され、ロベスピエールは激怒したと言う)が、、、悉く失敗する。
| コンシェルジュリーの廊下、この廊下を歩いてマリー・アントワネットは断頭台に向かった。 彼女の他にもフランス革命の旧体制派の王族・貴族たちが収容され、2700名以上が処刑されたと言われている。その為「死の廊下」「ギロチンの控えの間」と呼ばれた。 |
そして、フェルゼンの奮闘も虚しく、彼女は1793年10月16日、断頭台の露と消えた。
彼女は、我儘、浪費家、浮気者等々マイナスイメージの形容詞に事欠かない人だった。
しかしその日、コンシェルジュリーの廊下を歩き、断頭台へ向かった彼女は、髪を切り、簡素な衣装で身を整え、しっかりと胸を張っていた。
取り乱すこと無く堂々として、気品さえ感じさせたとと言う。
今尚、世界中に彼女のファンが絶え無いのは、この「最後の潔さ」にあると思う。
| シテ島の「パレ・ド・ジャスティス」、コンシェルジュリーはこの敷地内にある。最高裁判所、パリ控訴院、パリ重罪院、検察局、弁護士会など主要司法機関もこの周辺にあり、今でもシテ島はフランス司法の中心である。 |
(※)コンシェルジュリーとは、コンシェルジュたちが居る場所の意味。この場合のコンセルジュとは「看守」の意味だそうだ。最近は日本でも、ホテルやデパートや旅行会社、スマホのアプリなどで、コンシェルジュを名乗る人やスマホ機能をよく見かけようになった。大抵の人や機能はフレンドリーで親切だ。でも、中にはそうとも言えない人や機能もある。コンシェルジュの語源の一つは「看守」か⁈、今、巷に溢れる「コンシェルジュ」の中にも、フレンドリーと親切だけでは、決して務まらないミッションを与えられた人も機能もあるのかもしれない、、、少し考え過ぎかな⁉︎