《写真短歌》秋明菊は菊にあらず。アネモネなのだ。(福島吟行8)


  花は、会津若松・鶴ヶ城内の茶室「麟閣」(※リンク)の庭で見つけた「秋明菊」である。私は最近(漢詩や短歌を詠む様になってから?)、綺麗な花を見ると必ず花言葉を調べることにしている。花言葉の由来には、大概面白い物語が潜んでいるのに気が付いたからだ。(70歳直前にして花言葉に目覚めるとは、、、遅すぎる。)

 さて「秋明菊」の花言葉だが、これが微妙というか悲しい。「恋褪せる」「薄れゆく愛」「耐え忍ぶ恋・忍耐」、、、とネガティブなメッセージが続く。貴方が、もし恋人から「秋明菊」をプレゼントされたら、、、もう絶望的だ。

 でも「秋明菊」は、何故そんな悲しい花言葉を持つことになったのか?調べて行くと凡その理由が判明した。先ず「秋明菊」、菊と名前に付いているが、キク科の植物ではない。アネモネの仲間である。アネモネはギリシャ語の風が語源で、性悪な精霊アネモイに通じるとされている。そのため、アネモネの花言葉は悲しげ、淋しげで「儚い恋」「恋の苦しみ」「見放された」「見捨てられた」等々だ。秋明菊は菊を名乗りながら、花言葉はそのルーツであるアネモネのそれを引き継いだようだ。

会津若松・鶴ヶ城本丸内、麟閣の門

 ところで、そのルーツのアネモネだが、私には遠い記憶がある。1967年大ヒットした「待ちくたびれた日曜日」という曲の歌詞の中に出て来たのだ。ギリシア生まれの歌手ヴィッキーが歌っていた。ヴィッキーは前曲の「恋はみずいろ」も大ヒットしていた。拙い日本語も逆に魅力で、その年の人気者だった。

 その当時からずーっと、私はこの歌はてっきりフランス辺りのヒット曲に、日本語の訳詞をつけたものだと思い込んでいた。歌詞は「日曜日、折角いろいろ準備して待っているのに、恋人は連絡も無く、すっぽかして来なかった。」と言う内容だ。主人公は恋人に惨めに捨てられた。そしてその無駄に終わった準備が綴られる中に「あなたの好きなアネモネも、ほどよく咲かせておいたのに」という一節があった。私は、アンニュイで、それでいておしゃれなその一節が、何処かフランスっぽいと思ったのだ。

 でも、今回調べて分かった。この「待ちくたびれた日曜日」、完全に日本オリジナルの楽曲だった。作詞は小園江圭子。作曲は村井邦彦(YMOや荒井由実の師匠)だ。作詞の小園江圭子は、「ドナドナ」や「この広い野原いっぱい」で有名な作詞者だ。彼女ならアネモネの花言葉も正確に把握していただろう。それで曲の重要なモチーフとして、アネモネの一節を歌詞の中に忍ばせたに違いない。56年の時を経て腑に落ちた。さすがだ。そのセンスには脱帽するしかない。

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