《写真漢詩》京都吟行シリーズ(13)重森三玲の意匠庭園


 
 京都の社寺(特に禅寺)の庭園と言えば、夢窓疎石のような禅僧や、小堀遠州といった大名茶人が設計した枯山水を思い浮かべるのが普通だ。私もそう思っていた。だから最初に東福寺の方丈庭園・西庭を見たときは驚いた。作庭家重森三玲が編み出した市松模様の連なりは、枯山水と言うよりもう意匠(デザイン)の世界だ。東福寺と言えば、京都五山の第四位、格式高き禅寺だ。その禅寺の中心の庭が、昭和の作庭家の手によるものとは、、、古き世界に捉われない禅寺の革新性にも驚いたが、東福寺に自分の意匠を採用させる重森三玲の実力にもっと驚いた。

重森三玲邸庭園

 それを皮切りに、重森三玲の作品を訪ねて歩くようになった。光明院、龍吟庵、霊雲院、松尾大社、そして重森三玲邸庭園。どこの庭でも、上の漢詩の説明文の通り伝統的な枯山水をベースとしつつ、力強い石組み!砂と苔で描くモダンで緻密な地割り!で構成される重森三玲の世界を堪能した。親友イサム・ノグチとの深い親交も納得だ。お互いに影響しあったのが感じられる。

松尾大社(大宝元年(701年)創建)・蓬莱の庭

 ところで、重森三玲、名前の三玲は、彼が尊敬するフランスのバルビゾン派の画家ジャン・フランソワ・ミレーのミレーから来ている(作風はミレーと言うよりピカソだが)。最初は雅号として名乗っていたが、後に出家して得度証明書を家庭裁判所に提出して、戸籍上も改名した。徹底している。因みに子供たちにも、長男・カント!次男・コーエン!長女・ユーゴー!三男・ゲーテ!四男・バイロン!と西洋の偉人の名前(重森完途(作庭家)というように全員当て字の漢字有り、戸籍上の本名だ)を付けたと言う。徹底している。これには本当にびっくり‼️驚いた。(子供たちが少し可哀想な気もする。家庭内で呼び合うとき、嘸かし照れ臭かったろう。)

重森三玲邸・座敷の襖絵




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