《写真短歌》四長、白馬でメメント・モリにハマる。(白馬・秋・1)
今、「メメント・モリ」で検索すると、出てくるるのは、バンク・オブ・イノベーションより配信されているゲームアプリに関する記事だ。ゲームをやらない私は内容を知らない。「魔女狩り」を巡る戦いの話のようだが、あらすじを読んでも、私には上手く理解することが出来ない。従って、何故このゲームのタイトルが「メメントモリ」なのか?私には不明のままだ。しかし、公式サイトは素晴らしく綺麗な出来であり、映画や音楽等も同時並行的に発信されているみたいだ。今やゲームを起点として、様々なアートやメディアが生まれ展開されているのが、ゲーム音痴の私でも感じられる。
「メメント・モリ」は、ラテン語で「人間はいつか必ず死ぬ。そのことを忘れるなかれ」と言う、古代ローマの警句である。以来、多くの芸術作品のモチーフとなって来た。それぞれの時代を反映して、「だから、今を楽しめ!好きなものを食べ!飲もう!」となったり、逆に「だから、現世での栄達・贅沢は虚しい!徳を積み来世に備えろ!」となったり、「だから、生きていること自体に意味が無い!」とニヒリズムが語られたりした。
私は哲学的な人間では全くないので、「メメント・モリ」を深く考えることは全く無い。でも「メメント・モリ」を実感することは意外とある。それは冒頭の短歌の様に、山なり海なり圧倒的な大自然と対峙したときである。その余りの偉大さに、悠久さに対し、人間は、自分は何てちっぽけな存在なんだろう。そして人間は必ず死ぬ、人間に与えられた時間は短いと実感してしまうのだ。「実感したから何だ!どうする!」は、やっぱり非哲学的人間なので余り考えないが、謙虚になっていることだけは確かだ、、、
この白馬でのときも同様だ。いや今までで一番謙虚になっていた。何しろ、第一ケルン迄の道が、私にとっては極めて難所であったのだ。冒頭の短歌の「平伏」は山の偉大さに「平伏」しただけではない。「平伏(這う)」しないと死にそうだったのである。
蛇足ではあるが、ゲームアプリ「メメントモリ」のタイトルには「人間は必ず死ぬ。人間に与えられた時間は短い。このゲームは確かに面白い。でもゲームだけで人生終わちゃって良いの?ほどほどにね。」って意味も込められている。ってな訳ないか、、、