《写真漢詩》京都吟行シリーズ(12)上七軒と「野風」
京都上七軒の懐石料理の店「野風」である。京町家を改装した店内は風情があり、板さんの腕も格別でお勧めだ。それにしても「野風」、良い響きである。飲食店の店の名は重要だ。現に東京在住の私が、上七軒の店など知る由もないが、「野風」の名前に釣られて予約した。
「野風」と言えば、有名なのは名笛の名前「乃可勢(野風)」である。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑が蔵した「一節切」。最後は徳川家康が死期に際して、自らの六男・松平忠輝に形見として託したと言われている。その数奇な来歴からか、古今、その笛に纏わる様々な物語が語り継がれている。
![]() |
京都・上七軒、休日夜のお茶屋街 |
笛の最後の所有者、松平忠輝の人生も波瀾万丈だ。家康の六男に生まれながら、容貌怪異のために、父・家康にも疎まれた。一方で、その忠輝、成長するにつれ剣、槍、弓、馬術、舞、そして笛と才気を発する。そうなると、未だ徳川の政権が盤石とは言えない時代、舅の伊達政宗を始め、彼のことを放っては置かない。彼を担ぐ不穏な動きが胎動する。結果、忠輝、お家騒動を怖れる兄の二代将軍徳川秀忠から流刑に処せられてしまった。
まだ、若かった忠輝、配流生活は何と都合67年にも及ぶ。67年と聞くと皆んなびっくりだ。忠輝って一体幾つまで生きたのかと思うに違いない。享年92歳、江戸初期では驚異的だ。仙人の扱いだったに違いない。そして、その長い配流生活を支え、彼を慰め続けたのが、名笛「乃可勢(野風)」である。父家康の形見である。忠輝は日々、この笛を吹き、信長や秀吉、そして勿論、父家康のことを偲び過ごしたと言う。
前述の通り家康、この息子のことをそんなに可愛がっていなかったようである。でも、その息子の長い配流生活を予見していたかのように、この名笛だけは忠輝に形見として残した。さすが家康!である。読みが深すぎる。
![]() |
上七軒の隣、北野天満宮 |
ところで、野風と聞けば、もう一人思い出す人物がいる。TBSのテレビドラマ「JINー仁」に登場する吉原の花魁「野風さん」(こちらはさん付けだ)である。中谷美紀が演じた。絶世の美女で、賢く芯も強い。登場人物全員のリスペクトの対象、タイムトラベラードラマの過去と現代を結ぶキーウーマンである。彼女の存在がドラマに華やかさとリアルさ、そして重厚感をも齎した。
上七軒の懐石料理店「野風」を予約するとき、名笛「乃可勢(野風)」と花魁「野風」、どちらを思い浮かべていたか?って、、、それは勿論、花魁「野風さん」です。(即答だ)