《写真漢詩》四長、羊雲に騎馬戦が甦る。

 

 まだまだ暑い日が続くが、天上の雲の世界では、ひと足先に秋の雲が幅を利かしている。羊雲や鰯雲を時々見るようになった。

 私はこの秋の雲を見ると思い出す記憶がある。中学校の3年生のとき、やらされた運動会の騎馬戦の記憶である。やらされたと書くくらいだから、私はこの競技が嫌いだった。騎馬戦という戦さ形式のゲームが嫌いというほど私は平和主義ではない。嫌いの原因は、ズバリ「ゲームの役割分担が著しく不公平」だという点だ。

 説明する必要もないが、騎馬戦は4名でチームとなって騎馬を構成する。1名が騎手(これは人間だ。)、あとの3名は馬である。3名のうち1名が、前に出て馬の頭&体幹の役(まだマシか?)、後の2名に至っては馬の足の役である(私は毎回この役だった)である。

 これが大体体格で決まる。不公平である。私は落馬が怖いので騎手の役も、敵と真正面でぶつかる馬の頭&体幹役も嫌だったから、まあ足でいいやと思ってはいた。でも、運動会当日は女子や家族が見ているので、馬の足はカッコ悪い気がして少し落ち込んだ。

 この不公平なゲームを、学校は大変盛り上がるということで、「運動会の華!」として、毎年、運動会の最終演目にしていた。騎手の生徒に「馬役に少し気遣え!」とか、馬の足役に「君は縁の下の力持ち!君がこのゲームを支えている」とかのメンタルヘルスを一切しないで、、、非道い時代だ。今もやっているのかな?


 唯、その年の運動会当日の騎馬戦は結構面白かった。騎馬戦の勝敗決定には3方式がある。①川中島決戦方式(敵の大将の騎馬を倒せば勝ち!)②殲滅方式(敵の全騎馬を倒せば勝ち)③時間制限方式(生き残った騎馬の数が多い方が勝ち)の3方式だ。我が中学校が採用したのは、当時主流の③時間制限方式だった。

 この方式がドラマを生んだ。「先ずは生き残ることが先決だ。」練習のときは適当に戦っていた騎馬たちも、家族や女子の観客の手前そう思ったのだ。全員で示し合わした訳でなく、それぞれ4人で相談して、「生き残ること最優先の作戦」を立てたのだろう。ゲームが始まっても戦いらしい戦いは始まらない。基本、全騎馬が逃げ回っている。先生の「戦え!戦え!」のアナウンスが虚しく響く。しかし、戦いらしい戦いは始まらない。制限時間(ロスタイムもあった気がする)が終了して、辺りを見渡せば、大半の騎馬が無事生き残ってしまったのだ。

 「戦争を知らない子供たちは、平和主義者だった。」という美しい結果ではあったが、翌日、体育の先生にしっかりと説教された。
 

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