《写真漢詩》四長、足立美術館で借景の美を味わう。
島根県安来市の「足立美術館」の庭園である。
しかし、名園であることは否定しない。その美しさは賛美に値する。一番の特徴は「借景」との融和であろう。
人工の滝を組み込んだ背後の山(勝山)と、美術館の庭との境は全く判らない。創設者、足立全康の「庭園もまた一幅の絵画である」という信念が、完璧に具現化されている。
でも、此処で性格が素直でない私は思う。「借景の山の部分に、不自然な建物や看板が建築されたら、どうするのだろうか?」と。唯、その答えは簡単だった。
過去にもそのような危機は何度も起こったが、創設者・足立全康の指示で、危機の情報を察知した段階で、当該土地(山の斜面等)を買い上げていったそうだ。
そして、今ではもうその手の危機の心配は要らないそうだ。さすが一代の豪商・足立全康の嗅覚と財力は大したものだ。でも、それってもう「借景」とは言わず「自分景」である。
「借景」、それは西洋にはなく、日本人と中国人が好む美的感覚とのこと。当然、我が家にもある。
唯、我が家はマンションの13階であることから庭はない。「借景」だけがある。
そして我が家の「借景」に関しては、悲しい物語があった。こんな話だ。
我が家がマンションに入居したときには、ベランダから、遠く東京タワーが見えた。
その前、千葉に住んでいた我が家族にとって、東京タワーは、大都会東京の象徴だ。東京タワーが見える夜景は「最高の借景」だった。
そして私は思っていた。「このマンションは、おそらくは終の住処、死ぬまで東京タワーを眺めて過ごすのだ。」と、、、、
ところが、ところがである。その「死ぬまで東京タワー構想」は見事に崩れる。
ある日突然、東京タワーが見えなくなったのだ。我が家のあるマンションと東京タワーとの間を塞ぐ別のマンションが建築されたのだ。
足立全康の如く、その邪魔なマンションを買い取る財力が私にある筈もなく、私は泣き寝入りを強いられた。そして時々思う。
「あの邪魔をしたマンションの住人は、毎夜東京タワーを眺めているんんだろうな」と、、、「借景の恨み」は結構しつこい。



