《写真漢詩》四長、福島県立美術館でベン・シャーンを想う。(福島吟行1)





   福島県立美術館とベン・シャーンとの縁は不思議だ。最初に美術館がベン・シャーンを自らのコレクションに加えようとした経緯を私は不勉強で知らない。でもその後、所蔵当時は全く想像すらしていない東日本大震災が発生する。ベン・シャーンを所蔵する美術館として、福島県立美術館の存在意義は、より大きなものに変貌を遂げた。

版画集「一行の詩のためには、、、リルケ「マルテの手記」より」福島県立美術館蔵、ベン・シャーンは線を極めたと言われる。

   ベン・シャーン、ロシア(現リトアニア)生まれのアメリカ人アーティスト、抽象表現主義隆盛の20世紀アメリカ現代美術界に於いて、「世直し画家」と言われた社会派の巨人である。

 1981年、その彼の数ある作品群の中から、美術館は最もセンセーショナルな作品「ラッキー・ドラゴン」の購入を決断した。

 私はそれを知ったとき、「ラッキー・ドラゴン」の意味を深く考えず、「ラッキー・アイランド(福島)」が「ラッキー・ドラゴン」を購入したのか、というような軽薄なことを考えていた。後に「ラッキー・ドラゴン」が、ビキニ環礁でアメリカの水爆実験で被曝した第5福竜丸の(福竜)を指すのだと気付いたときは、本当に驚いた。自らの軽薄さも反省した。

 (私が住む江東区の夢の島公園にある「都立第5福竜丸展示館」で、船体展示を見学したことがあるのに情けない話だ。)

 そして、改めてアメリカ人として「ラッキー・ドラゴン」を描くことに精力を費やしたベン・シャーンというアーティストの想いと、所蔵を決意した美術館のセンスに敬意を表したことを記憶している。

「ラッキードラゴン」福島県立美術館蔵。手には「私は久保山愛吉という漁師です」で始まる文章を持つ。

 そして、次に私が驚いたのは、震災の翌年、まだ福島第一原発の放射性汚染問題が世界中の注目を集める最中の2012年の夏だ。

 福島県立美術館がベン・シャーンの大規模回顧展を開催すると聞いたときだ。回顧展は神奈川、名古屋、岡山、最後に福島と巡回するという。

 巡回が始まり、そして次は福島の番となったとき、事件は起こった。アメリカの美術館が福島開催のみ作品の提供を拒否するというのだ。作品が放射能物質に汚染する可能性があるという理由で(実は、当時アメリカは、単なる汚染だけでなく、福島原発4号機の更なる事故も懸念していたことを、私は最近になって知った。)、、、

 このときの福島県立美術館の奮闘は、今でも語り草だ。福島のみ巡回を拒否された作品は、全てコピーと詳細な説明文で対応し、見事に回顧展を予定通りやり抜いたという。あの状況下大したものだ。館長がベン・シャーンの「ラッキー・ドラゴン」を所蔵する美術館としての矜持が、それを可能にしたと話しているのを聞いたときは、少し胸が熱くなった、、、

 暑い夏、あの事故から12年を経て、原発の処理水のニュースを聞いたとき、私は11年前、福島県立美術館で起こったこの出来事を、何故か思い出していた。

福島県立美術館、ハードもソフトも素晴らしい美術館だ。



 

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