《号外・青春ショートショート付き》祝WBC優勝!

 日本が3大会ぶりにWBCで優勝した。それも初の日米の決勝戦を制しての優勝だ!大会MVPは、大谷翔平!投げて打って、正にリアル二刀流全開の大活躍だ。そして日本チームの精神的支柱として、終始チームを鼓舞し続けた。当然の受賞で誰も異論は無い。これこそ「神の領域」だ。

 


 一方で、日本球界最年少三冠王村上宗隆、「村神さま」は結構苦戦した。ニックネーム「村神さま」からはほど遠い、極めて人間臭い苦戦ぶりだった。彼は、人間らしく(責任感のなせる技か)少しプレッシャーがかかる局面には弱いみたいだ。でも、普通の人間とは違うところは、「途轍もないプレッシャーには、途轍もなく強い」ところだ。


 準決勝の最終回、最終打席に入った彼には、皆んな期待していなかったはずだ、(今になると、皆んな自分は彼が打つと信じていたとカッコ良くいうが、それは本当か?私は世界中で彼が打つと信じていたのは、栗山監督一人だったと思う。)それまで3連続三振とファールフライ、バントのサインでも良いし、場合代打を出しても誰も文句は無かったはずだ。だけど彼は打った。劇的な逆転サヨナラ2塁打を!コーチ経由で聞いた監督の「お前が決めろ、お前を信頼している」の一言に腹が括れたと言う。

 その腹の括りが出来るのが、人間村上宗隆の真骨頂だと思う。その腹の括りが日本を準決勝敗退の危機から救い、日米決戦へ日本のファンを連れて行ってくれた。「劇的」とは彼のためにある言葉だった。


 そんな村上選手を、私が好きになったのも彼の人間らしいところだ。昨年の夏から秋の出来事、彼が、シーズン日本人タイ記録の55号本塁打を早々に達成し、その後、最終試合、最終打席に56号本塁打を放つまでの、ちょっと長く感じる日々をファンとして見てきたからだ。あまりに好きになって、「青春ショートショート」まで降りてきてしまった。


 それを本日、いつも漢詩や短歌の代わりに発表したい。拙い話だが、WBC優勝に免じて最後まで読んで頂けると嬉しい。ショートショートの題名は「揺れる秋」(季節外れで恐縮)だ。


「揺れる秋」


 彼女は野球ファン、それも筋金入りのヤクルトファンだ。

一方、僕といえば、もともと野球には、あまり興味がなく、昨年バイト先で知り合った彼女をデートに誘うために、必死でヤクルトの選手の名前と背番号を暗記したと言う、不純な動機の俄かヤクルトファンだった。


 その俄かヤクルトファンの僕が、今年、本物のファンに変身したのには、ある選手の存在があった。村上宗隆選手、僕と同じ22歳のヤクルトスワローズの若き主砲である。


 小さいときから、運動音痴でクラスでも目立つことの無かった僕にとって、彼は全く正反対の明るく、屈託の無く、派手に活躍するスター選手。眩しすぎる存在だった。でも不思議に惹きつけられた。

 何故か知らないが、僕が本当に困っているときに助けてくれる頼り甲斐のある友達のように感じていた。


 そんな彼に、僕は勝手に賭けをした。今年の六月の末、その日も彼女と神宮球場で野球観戦をしていたときだ。試合に釘付けになった彼女の真剣な横顔がとても素敵で、素敵で、、、


 神の啓示のように、唐突にある考えが降りてきた。

「そうだ、村上選手が、王貞治の日本人最多本塁打記録の55本を越える56号ホームランを打ったら、彼女にプロポーズしよう」と。


 おそらく僕も、無意識に心の中で計算し「村上選手は、昨年度39本塁打でホームラン王、でも今年は、まだ昨年のペースをやや下回るペースだ。来年以降はともかく、まさか今年、そんな事態になることはないだろう」と高を括っていたのだろう。

 でも、それからが大変だった。村上選手の本塁打量産メースが夏になって俄然上がってきたんだ。7月31日、甲子園球場の阪神戦では、なんと一試合5本塁打と言う離れ業もやって見せ、まさに超人的になってきた。


 僕のドキドキも最高潮だ。頭の中でプロポーズのシーンを幾つもシュミレーションするが、上手くいくイメージは湧かない。夢にまで見て飛び起きる。そんな寝不足の日が続いた。


 そして9月13日には遂に王の55本に追いつき、僕も覚悟を決めた。

ただ覚悟と言っても、どこか開き直りに近いものがあった。どうせプロポーズしても、彼女の答えは決まっている。その時は新記録記念のジョーク、冗談だよって言って誤魔化そうと。


 だが、その後、村上選手の本塁打が止まった。打球が高く上がらなくなり、何と60打席本塁打無しが続いた。


 そのときの僕の気持ちと言えば複雑だ。はじめのうちは「無謀な挑戦」「決定的な失恋」が先送りになったと、一試合一試合ホッとしていた。でも残り試合が少なくなると、それが変化する。何だかもう永遠に僕が彼女にプロポーズする機会なんて無いのではと、少し不安で、堪らなく淋しい気分に陥っていった。


 そして、その日が来た、10月3日シーズン最終戦、僕と彼女はその日も神宮球場の一塁側スタンドにいた。その試合、村上選手は第一打席にヒットを放ち最年少三冠王を決めたが、その後も本塁打は無く遂にシーズン最終打席を迎えた。


 球場の誰も(おそらく99%)が、「村上選手も人の子、プレシャーが凄かったんだ。」「まだ若い、チャンスは来年以降いくらでもある。」と自分を納得させていた。その時、その刹那、奇跡が起こる。彼は打った!世界の王を越える日本人最多本塁打記録の56号が外野スタンド最上段に吸い込まれたのだ。


 彼のバットから、放たれたその打球は、神宮球場の夜空に最高に美しい放物戦を描いた。そして振り向くと、僕と同じ軌跡を追っていたに違いない君の横顔がある、素敵で最高な笑顔なのに涙が光っていた。


 球場全体が総立ちになり、大きな響めきで揺れた。その中を彼はゆっくりと一塁へ走り出す、そして一塁側スタンドに向けて小さくガッツポーズを取り微笑んだ。


 僕には彼が「俺は決めたぜ、今度はお前が決めろ」と僕にエールを送っているように見えた。



 「美しき放物線を追う君の笑顔に揺れる神宮の秋」(四長)




 村上宗隆は決して神ではない。でも野球の神さまは、常に彼の味方だ!

明日は、また京都吟行シリーズに戻る予定です。


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