《写真漢詩》木場の凧揚げ
木場公園は、凧揚げの聖地です。木場公園はその名の通り、材木業者の倉庫や貯木場があった場所で、その機能が全て新木場に移った後、その跡地を東京都が防災都市計画の一環として公園として整備したものです。公園の南側は広大な原っぱとなっており、ここが23区内かと思うほど空が広く感じます。
その広い原っぱと空を見れば、誰でも凧揚げがしたくなります。
我が家も例外でなく、二人の娘が幼くて可愛かった頃には、冬の休日は毎週のように凧揚げに通いました。そして現在でも休日の木場公園で凧揚げに興じている親子を見ていると、父親と男の子のカップルより、父親と女の子のカップルの方が数が多いような気がします。
それは多分、男の子は凧揚げなんかは普段友だちとやっているので、休日はボール遊びのような他の遊びをしている。一方で女の子は、休日に父親とやる以外、凧揚げをする機会はないので、休日には目立っているのではないでしょうか?(男の子がいないので勝手に想像しました、)
それに、父親と幼い女の子との関係に於いて凧揚げというのは、非常に有益で貴重な時間だと思います。そう思いませんか?
先ず、父親が女の子に「糸を持った方の手を高く掲げて思い切り走りなさい」と指示します。この頃までは父親に絶対的な信頼を置いている女の子は、言われた通り思い切り走り出します。1、2回は上手くいかないですが、最近の凧(カイト)はよく出来ているので、3回目には凧はそれなりに高く上がります。そうすると周りも皆んな、「ほう、凄い!」と女の子に注目してくれます。
木場公園ではそれはお約束です。一瞬ですが、女の子は公園のヒロインになります。小さな小さな成功物語が完結するのです。それも、女の子は凧糸を持って走っているとき、その指先に上空の風を感じ、自然と会話するという上質な体験も大きなオマケとしてついてくる物語が完結します。
女の子は成長しても、「公園のヒロインとなった昂揚感」と「指先で風を感じ自然と会話した感覚」を、きっと忘れないで覚えていてくれるでしょう。その時、横で父親が見守ってくれていたというと記憶と共に、、
その頃を、思い出して詠んでんだのが、次の漢詩です。
明日19日は、二十四節気の「雨水」ということで、「雨水」を詠んだ作品をお届けする予定です。