《写真漢詩》春、「四長」と号す。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 2月 28, 2023 雅号である四長には二つの意味を込めた。 一つは下の五言絶句の漢詩にある通り、「長く学び・長く遊び・長く楽しみ・長く生きる」である。 二つ目の意味は、私の曽祖父「長左衛門」から頂いた。彼を初代と考えれば、私は四代目に当たり『四代目長左衛門』、縮めて「四長」である。 彼は明治期の愛知県で、青果商を営んでいた。東京の経済人や文化人とも親しく付き合い、残された記録や、彼を知る末裔たちの話からは、恐らく「四長」を体現した人物であったことが伺える。 一方、私は60代も後半になって漢詩と短歌を始めた、遅咲き(失礼、まだ咲いていない、咲かないかもしれないが)の漢詩人・歌人!。漢詩界や短歌界のしきたりや世間体に縛られることなく、自由に、自分なりの詩歌を吟じたい。 その時、その瞬間の「今」を大切に噛み締めながら、残された人生を「四長」して行きたいと願っている。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
《写真・短歌》四長、『青が散る』を求めて天童へ旅する。 10月 24, 2025 生まれて初めて山形県・天童市を訪れた。 たった一枚の絵が見たくて、、、 重奏 その絵は、地元の銘酒「出羽桜(※1)」の蔵元・三代目仲野清次郎氏のコレクションで 、今秋、仲野家の母屋、蔵屋敷を改造した「出羽桜美術館」に展示されている。早世の天才画家・有元利夫の代表作「重奏」だ。 出羽桜美術館・木造瓦葺の母屋と蔵屋敷が展示室として公開されている。 私がこの絵「重奏」に初めて逢ったのは、画家の個展や美術全集ではない。40年以上前、読んだ本の装丁に使われていたのだ。本の題名は『青が散る』、当時のNO1人気作家宮本輝が著した青春小説だ。 『青が散る』は1982年に文藝春秋に連載され、翌年単行本化されると忽ち大ベストセラーとなった。本屋に宮本輝のコーナーが出来て、この「重奏」で装丁された『青が散る』で、棚が埋め尽くされた光景を今も鮮明に記憶している。 文春文庫 『 青が散る』はこの単行本化とほぼ同時にTVドラマ化された。こちらも結構人気だったので、本屋の壁にもドラマの主演の石黒賢、佐藤浩市、二谷友里恵のポスターなんかも貼られ盛り上がっていた。 (記憶の中ではドラマの主題歌、松本隆作詞、呉田軽穂(松任谷由実)作詞で松田聖子が唄った「蒼いフォトグラフ」も店中に流れている。でも、それは後に修正された記憶で、恐らくは私の頭の中だけ流れていたのだろう。) バブル前夜、日本が元気だった頃、日本中が右肩上がりを疑わなかった時代の思い出である。 そんな少し浮かれた雰囲気の本屋で手にした『青が散る』であったが、読み進めて行くとそこは宮本輝!。王道の青春小説と思わせ読者を引き込む手練れさと、青春というかけがえの無い時間を過ごす群像たちの内面まで切り込み、その光陰、美しさと残酷さを描き切る著者の洞察力、表現力に圧倒された。 そして題名に『青が散る』を、装丁に有元利夫の「重奏」を用いたセンス(※2)にも、、、 出羽桜美術館入り口 そんな「重奏」に再会した。いや、再会したは正確ではない。本の装丁でしか見たことなかったのだから、初めて実物と対面した。 美術館には、「重奏」以外にも「虜れ人」や「予感」や「啓示」といった有元利夫の代表的なタブローの数々、そして素朴な木彫が、蔵元の母屋と蔵屋敷に展示されていた。 虜れ人 有元利夫!早世の天才画家と言われることからもわかるように、描... 続きを読む
《写真・俳句》四長、師走の京都を旅する。 12月 19, 2025 12月15、16、17日、2泊3日で師走の京都を旅した。 紅葉も完全にピークアウトし、洛北の岩倉や東山南禅寺界隈の寺々はすっかり落葉、散り紅葉が美しい。 実相院 白沙村荘 一方、街中の町屋の中庭の紅葉は辛うじて頑張ってくれていた。 八竹庵 八竹庵 そして今回の京都は空いていた。中国人観光客は政府の渡航自粛で激減し、欧米人観光客はクリスマスは母国で過ごしたいと、先週辺りからこちらも激減。私がこの3日間で訪れた「八竹庵(旧川崎家住居)」「実相院」「岩倉具視幽棲旧宅」「對龍山荘」「無鄰菴」「白沙村荘」「茂庵」は、皆ほぼほぼ貸し切り状態で迎えてくれた。 對龍山荘 最近の京都のオーバーツーリズムの話とは程遠い贅沢な時間が過ぎて行った。おまけに天気にも恵まれた。3日間で晩秋から初冬へと京都の山や街や人が、衣替えをしてゆく様をじっくり観察させて貰った。 對龍山荘 でも、あんまり人がいないと別な心配も心を掠める。「白沙村荘」の庭園を巡っていた時だ。「白沙村荘」は明治画壇の巨星・橋本関雪の旧居跡。銀閣寺の参道の南側の広大な敷地に庭園が広がる。この庭で関雪は日々スケッチに勤しんだ。関雪好みにワザと庭師の手数を減らし、自然に任せ少し荒れた山里風に作庭されている。 白沙村荘 良い雰囲気、私好みでもある。庭を巡るのは私たち夫婦だけ他に誰も人はいない。ここは思わず大好きな小学唱歌「里の秋」でも口遊みたくなるところだ。そして田舎家の朽ちかけたような門を潜り、まだ実が多く残った柿の木を見た。その瞬間!私の心に、背筋に、思いもかけぬ 恐怖 が 戦慄 が数秒過ぎり走った。 「熊は大丈夫か⁉️」 白沙村荘 いくら山里風とは言え、此処は京都の街中、庭園は高い塀で囲まれている。熊が出没するはずが無い。でも本当に過ぎった。一瞬だが 恐怖 が 戦慄 が、、、 白沙村荘 そう言えば、先週、此処「白沙村荘」から少し南に下ったところにある清水寺で管主が、恒例の『今年の漢字』として『熊』を発表していたっけ。聞いたときは、「『熊?』確かに世間を賑わし、被害も深刻、甚大だ。けど、今年の漢字としてはイマイチかな?」って思っていた。しかし何の事はない、私の潜在意識に『熊』はスッカリ棲みついていた。「『熊』こそが『今年の漢字』に最も相応しい!」と、この時心底実感!さすが清水寺❗️恐る... 続きを読む
四長、パリへ行く‼️(最終章)ブルス・ドゥ・コメルス〜変わらないでいるために、変わり続けるパリ‼️ 5月 08, 2026 いよいよ、このブログ「四長、パリへ行く‼️」シリーズも最終章だ。最終章は私が最も尊敬する日本の建築家・安藤忠雄( リンク )の作品で締めたい。 「ブルス・ドゥ・コメルス」、元パリ市の商品取引所であった建物を、安藤忠雄が大改修を設計し、2020年開館した現代美術館である。 安藤忠雄と、パリとの縁は深い。市内にあるソルボンヌ大学の名誉博士号を授与され、フランス芸術文化勲章(コマンドゥール)も受賞している。 そして、今、世界の建築・現代アート界を席巻している話題は、彼の盟友で世界有数の企業家、現代アートのコレクターとしても名高いフランソワ・ピノー(※1)との協働関係(※2)である。 この「ブルス・ドゥ・コメルス」もピノーとの協働作品で、ピノーがパリ市より旧商品取引所の建物を取得し、安藤忠雄が建物の全面改修を設計・指揮、ピノーの現代アートのコレクションの展示スペースを確保した。 建物の中に一歩入れば、ピノーが何故、安藤忠雄をパートナーとして選び続けているのか?理由が分かる。 まず第一に、安藤忠雄はアート 作品の邪魔をしない のだ。建物構造は極めてシンプルで邪魔な装飾は一切排除されている。 第二に、それでいてアート作品を引き立てるための 光と影の演出は効果抜群 だ。作品のスケール感は最大限に、色彩はエッジが効き鮮明となるのだ。 そして最後には 入場者に緊張感を感じさせるのだ 、、、「 歴史(的建造物)」と「現代(アート)」の緊張感 を、、、 これこそが安藤建築の真骨頂だと思う。国内に数ある彼の作品の中でも、私は上野「国際子ども図書館」が気に入っている。 彼はルネサンス様式で代表的な明治期洋風建築であるこの図書館を、外観をはじめ残すべきは残し、削ぎ落とす部分は大胆に削ぎ落とした。そして図書館としての機能ついては、最新技術の使用を可能にしたのだ。 私は 「変わらないでいるためには、変わらなければならない(※3)」 という言葉が好きだ。そして安藤忠雄ほど、その言葉を体現した建築家はいないと思う。 彼は世に残したい建築、残さななければならない歴史的建造物が数多あることを知っている。一方で建物として何の用途も無く、何の機能も果たす事なく、生き残ることが許される建物は、極く限られることも知っている。 建物がいつまでも変わらない姿で、世の中に生き残... 続きを読む
四長、パリへ行く‼️(1)エッフェル塔のエッフェルは、エッフェルさんが造ったから⁉️ 4月 17, 2026 2026年3月31日から4月5日迄、47年振りにパリを訪れた。加齢による体力の衰えと円安に象徴される日本の国力の低下、、、もう海外旅行は難しくなるなって思い決断した。ANAの直行便と同じホテルに5連泊するという体への負担を出来るだけ少なくする旅程だ。 ひたすら美術館巡り!と考えていたが、そこは47年振りのパリ、エッフェル塔くらいには挨拶しておこうと思い、滞在初日に真っ先に駆けつけた。 塔を下から見上げ、目を凝らすと網のチューブに子供の姿が、、、何とアスレチックの施設があんなところにあるそうだ。 エッフェル塔、1889年、フランス革命100周年と第4回パリ万博を記念して建設された。名称は自ら設計し、建設を請け負ったエッフェル社のトップで、何と総工費の75%も画期的な集金スキームで調達した世紀の天才!!ギュスターブ・エッフェルに由来する。 このエッフェルさん、後に映画の主人公にもなり、多くの逸話も残されているが、なかなかユニークで目立ちたがり屋、且つ可成り我儘な人物だったみたいだ。 先ず竣工式ではエッフェルさん自身が塔の先端迄登り、フランス国旗を掲げ「我、300mの旗竿に国旗を掲げたり!」と叫んだそうだ。またバルコニーの下には、エッフェルさん自身が、独善的に選んだ72人のフランスの偉大な(エッフェル基準?で)科学者の名前を、各面に18人ずつ刻んだ(一番上の写真で確認出来るよ)。 そして何と、塔の最上階にはエッフェルさん自身のプライベートルーム(現在は一般公開されている)迄造ってしまった。来客用のサロンと隣の研究室!晩年彼はこの研究室に籠り、気象観測や空気抵抗の実験に勤しんでいたそうだ。(完全に私物化だよね。でも総工費の75%金策したから権利ありかな?) そんな、やりたい放題のエッフェルさんに思いを馳せれば、黄昏時のエッフェル塔に上品な灯りが灯る。あれがニューヨーク・パリ間を飛び、初めて大西洋単独無着陸飛行を成功させたチャールズ・リンドバークが見たパリの灯!やっぱりエッフェル塔はパリのランドマーク!「鉄の貴婦人」だ。 続きを読む